雑誌:Viruses. 2021 Nov; 13(11): 2301.

タイトル:TDP-43 and HERV-K Envelope-Specific Immunogenic Epitopes Are Recognized in ALS Patients

(ALSにおけるTDP43とHERV-K(ウイルス)抗原の認識)

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<管理人前置き>脳神経内科の病気は病因ごとにわけて考えるのが一般的で血管性(脳梗塞など)、感染性(髄膜炎など)、腫瘍(脳腫瘍など)、変性(ALS、パーキンソン病、アルツハイマー型認知症など)、自己免疫(多発性硬化症、視神経脊髄炎など)、先天性(水頭症など)、外傷、内分泌、薬剤性などにわかれます。ALSは変性疾患に属していますが、これがウイルスによる感染性に属するならば大発見かと思いますが、今回の文献はHERVというウイルスで古代にDNAに組み込まれてそのままヒト子孫へ遺伝してきた内在性ウイルスです。レトロウイルス(HIV、HTLV1、HERV等)ならばHIV同様HARRT療法など抗レトロウイルス薬により改善が期待できます。しかし文献は治療の内容ではなく抗体価の内容になっており治療の話がでてきません。お忙しい方は下の要旨だけでも閲覧頂ければ幸いです。

 

<以下本文>             

<要旨>

Human endogenous retrovirus-K(HERV-K)とTAR DNA-binding protein 43(TDP-43)はALSの病態に関与している。

HERV-K表面抗原と血漿中のTDP43に対する抗体をALS患者(1長期生存者、2発症間もない患者)と健常人で測定した。ALS患者ではHERV-KとTDP43への抗体が相関関係で上昇する一方で健常人では相関的な上昇はみられなかった。

HERV-KとTDP43に対する抗体はALSにおけるバイオマーカーになる可能性がある。

 

<背景>

ALS欧州疫学

弧発性58~63歳発症ピーク、やや男女に多い

家族性47~52歳発症ピーク、男女同率

J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry. 2009;81:385–390

環境因子

喫煙(J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry. 2010;81:1249–1252.

過度の運動(Neurology. 2002;59:773–775

化学物質への暴露(Funct. Neurol. 2016;31:7

 

(予備知識)レトロウイルス属はRNAしか持っておらず、細胞内に入るとRNA→DNAを作成する。これを逆転写と呼ぶ。このDNAがヒト細胞内のDNAにどかっと割り込んで占拠する。

その後DNA→mRNA→tRNA→粗面小胞体内のリボソームにて蛋白を合成する(なお滑面小胞体にはリボソームが存在しない)。ここらへんは小胞体ストレスを減らす話題のAMX0035にも関与する部分なので重要。

 

 

<ウイルスとTDP43について>

同じレトロウイルス属でもHIVと異なりHERVsは病的異常を起こすことがなく、DNAへの組み込みは数百万年前からおこっていた可能性がある。この病的意義を持たないHERVsが人間のDNAに組み込まれて遺伝してきたものである。HERVsはヒトゲノムの8%を構成するが、重要性のないDNAだと考えられていた。HERV-KのHML2サブタイプがごく最近登場してきた。このサブタイプはHERVsの中でも最も逆転写(RNA→DNA組み込み)が盛んである。

 

動物モデルでHERV-Kを発現した運動ニューロンを持っている場合、進行性の運動機能障害を呈したSci Transl Med. 2015 Sep 30; 7(307): 307ra153.)(→つまりHERV-K蛋白合成を抑制できれば運動ニューロン機能改善の可能性がある

 

HERV-KはTDP43が結合し発現を抑制している(LTRという部位の4カ所に結合)。

TDP43を保持する運動ニューロンはHERV-Kが増量した。内因性TDP43をなくしたニューロンではHERV-k発現が減少した。

 

HERV-k env-su領域への抗体は血清と髄液にてALSで有意に増加し、多発性硬化症、アルツハイマー型認知症、健常人では増加しない報告がある。

 

同じくレトロウイルスに属するHIVではTDP43リン酸化強化によりTDP43が増量する。

HIV感染でALS類似症状を来した症例があり、HAART療法で部分的症状改善を認めた(J Neurol Sci. 2006 Jan 15;240(1-2):59-64)。

 

TDP43はmRNAの転写、スプライシングや安定化、その他顆粒形成や蛋白間相互作用に関与するため生体内でかかせない蛋白である。特に成長期の中枢神経発達にはかかせない。TDP43は細胞内で核と細胞質を行き来している。この行き来を遺伝子的に変異させるとリン酸化とユビキチン化したTDP43の細胞内蓄積を生じた(ほとんどのALSで細胞内にTDP43が蓄積)。

 

染色体の1番に位置するTARDBP遺伝子により産生されるTDP43蛋白は414個のアミノ酸からなる。とくにこのC末端がHERVに結合するため重要

 

<方法>

ALS45人(平均64歳、28人男、17人女、診断されたばかりの人は27人、長期生存者は18人)、年齢と性別が類似した献血者をコントロールとした。

HERV-K-env-su(20-38)

TDP43(258-271)

TDP43(398-411)

リン酸化されたTDP43(398-411)を抗原として抗体をELISAで調べた。

 

<結果>

ALS群ではHERV-K-env-su(20-38)への抗体が上昇している群ではTDP43(398-411)とリン酸化されたTDP43(398-411)の抗体が相関関係で上昇していた。健常人では同様の相関関係はみられなかった。

Figure 3(→こちら)、A,C,EがALS群、B,D,Fが健常人

 

 

<管理人感想>figure3をみてもわかるように健常人グループでも相関関係がある例も散見されることと、ALS群で抗体の上昇が乏しいALS患者も多く、バイオマーカーとしてはちょっと弱いのではないかな、と感じました。

 

HIVとHERVはレトロウイルスに属しています。HIV(HTLV1含む)でALS類似症状を呈した例も多数報告があります。HERV陽性例で抗レトロウイルス治療法を用いてALSの症状改善や進行抑制をしたかどうかという点が皆様興味あるのではないでしょうか。しかしTriumeqなどまだ治験phase2で安全性が確認された段階です(Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener. 2019 Nov;20(7-8):595-604.)。phase3まですすんでいるような文献は探しだせませでした。今後治療法が期待できる分野です。もしまた機会があれば治療に絡んだ文献を探せれば幸いです。