きょうは2025年10月20日。

 「新編 宮沢賢治詩集(新潮文庫)」、64頁あたりをうろうろしています。

 詩のタイトルでいうと「小岩井農場」のパート九を読むところ。

 宮沢賢治の詩は長く、情報量の多い作品が多いので、わかりやすくなるよう音読しています。

 そうして読むと詩の内容がすんなり頭に入ってきます。

 案外わかりやすい言葉で書いてあるのがよくわかりました。

 賢治自身農学の専門家で、宇宙のことにも造詣が深い所為か、そのような専門用語が出てきますが、それは注釈を読めばわかることなのでうろたえません。

 岩手の方言で書かれたのもありますが、そこにあるのは語彙のゆたかな世界であり、彼自身、岩手弁を卑しいものとは微塵も思っていないこと、そのことが賢治の詩の世界を一層清々しいものにしているのは読んでみればわかります。

 

 きょうは10月21日。

 「新編 宮沢賢治詩集」、95頁あたりをうろうろしています。

 いま、あの「永訣の朝」を読み終えたところ。

 僕自身は「雨ニモマケズ」よりもこの「永訣の朝」の方が、どちらかと言えば好きです。

 中学の時、現代国語の授業で習った懐かしい作品ですが、妹との永遠の別れを描いたこの詩は、感動するなという方が無理。改行のたびに、ただ言葉が淡々と並んでいるだけなのに、どうしてこれほど胸を打たれるのか。

 瀕死の妹のため、雨雪を陶碗に取ってこようと外へ飛び出す賢治。薄赤く陰惨な雲が降らす真っ白な霙。いま妹は屏風やカヤに仕切られた暗い部屋で、身のうちに青白く命の炎を燃やしている。

 雨雪というのは、賢治や妹:トシが思っているような綺麗なものではなく、空中の塵、目に見えないごみが含まれている。ただ妹が瘦せ衰えてゆくのを賢治は病室で見守っているほかはない。けれどむざむざ大切な妹を死なせてしまうのは忍びない。せめて美しい雨雪を食べさせて、妹を喜ばせてあげたいと思った賢治の心の美しさに読者は胸を打たれるのだ。

 

 きょうは11月4日。

 「新編 宮沢賢治詩集」、122頁で止まったままです。

 それと、

 村上春樹「羊をめぐる冒険 上巻(講談社文庫)」、真ん中へんまで行って挫折、ストーリーをすっかり忘れてしまい、また最初から読み直し、いま16頁。何でこんなものを読んでいるのか意味が分かりません。

 読書の意味って何でしょうか。わからなくなっています。再び心から読みたいと思うまで読むのをやめようと思います。

 「小泉八雲集(新潮文庫)」を読みます。こっちの方が興味あるので。

 何の興味も持てないものを読んでも仕方がない。

 いま怪談を2話、読みましたが、ハーンは語り手のかたるものがたりを克明に、一切の誇張もなく、ありのままに描いています。身も心も凍るようなものもありますが、そうではないものもある。

 また、ハーンは語り手の語るものがたりの、終わり方がよくないとか、もっと具体的な情景を描きこんだ方がよくなかったか、などと〈評〉を最後に添えたものもあります。彼は盲目的に日本文化の美を見ていたわけではないことが、このことからわかります。

 

 きょうは11月7日。

 「新編 宮沢賢治詩集(新潮文庫)」は156頁あたりをうろうろ。すでに「春と修羅 第二集」に入っています。

 「小泉八雲集(新潮文庫)」は86頁あたりをうろうろ。ハーンは怪談というよりも、理屈や常識では説明できない出来事につよく心惹かれるものを感じているように思います。

 いま、「小泉八雲集」、98頁まで読み終えたが、焼津の漁師が台風のために漁船が転覆し、二日二晩嵐の海を漂流した話「漂流」をおもしろく読んだ。船から外れた板切れに摑まって九死に一生を得たのだが、船に同乗していた仲間はみな溺れてしまったのに、その仲間たちが海の上に立って、こっちへ来いと呼んでいる。そっちへは行けないと言ってもしきりに呼ぶのだ。ある時は空腹と眠気のために、何度も板からずり落ちそうになったが、海を漂流していたカツオノエボシに刺され、激痛で我に返った。やがて嵐はおさまったが陸は見えない。そこへ播州の船が通りかかり漁師は救われた。漁師は讃岐の金比羅さまに参り、小川の地蔵さまに参り、自分の命を助けてくれたこの板切れへの感謝を忘れない。ハーンはここに何を見たか。日本人が如何に篤い信仰心をもっているか、そのことに胸を打たれたのだと思う。

 

 きょうは11月8日。

 これから小泉八雲集は代表作のひとつ、「骨董」に入ります。

 身の毛もよだつ話もあります。尻切れとんぼのまま終わり、まったく物語の体をなしていないものもあります。ハーンは、この怪談の作者がどんな思いでこれをつづり、何故未完に終わったのか、考えています。その後の話をハーン自身の想像で補足するのは可能だけれど、それは万人の納得を得るものにはならないだろうと締めくくっている。

 

 きょうは11月9日。

 「新編 宮沢賢治詩集」は、163頁から読んでいます。

 「一一八 函館港春夜光景」。

 ただの情景を写生した作品ではありません。稚気とアートと科学の薫る情景。視野は全景をとらえ、全景の示す耀きと影を捉え、その中にひそむ本質を捉え、描きとろうとしていて。不足がない。

 

 日付が変わって、きょうは11月12日。

 駅前通りを上がった信号のある交差点のところの2坪ぐらいしかない小さな本屋さんで、

 西東三鬼「神戸・続神戸(新潮文庫)」を買ってきました。西東三鬼は、俳句好きなら誰でも知っている俳人で、僕の大好きなひとです。

 代表句として好きなのは、

 

  秋の暮大魚の骨を海が引く

  中年や独語驚く冬の坂

  クリスマス馬小屋ありて馬が住む

  枯蓮のうごく時きてみなうごく

 

 など。人を食ったような飄々とした作風が特徴の人でした。

 

 これで、待機中の本は、

 村上春樹「羊をめぐる冒険(上下巻:講談社文庫)」

 同じく「神の子どもたちはみな踊る(新潮文庫)」

 村田沙耶香「コンビニ人間(文春文庫)」

 小川洋子「海(新潮文庫)」

 つげ義春「新版 貧困旅行記(新潮文庫)」

 朝吹真理子「きことわ(新潮文庫)」

 川端康成「古都(新潮文庫)」

 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ「若きウェルテルの悩み(光文社古典新訳文庫)」となりました。

 

 「新編 宮沢賢治詩集」、いま174、175頁です。賢治は妹の死を精神的ダメージとして引きずりつづけ、その死を悼む言葉が次々生まれ、その悲痛さ、嘆きの深さは苦しみの限度を超えています。つらいから僕はいままで賢治詩集を読まなかったのかも知れません。

 

 昨日は小泉八雲が捗りました。「骨董」の章を読み終え、「怪談」に入りました。

 「耳なし芳一のはなし」を読みました。昔読んで忘れていたことが、一字一句まがうことなく甦りました。何一つ本当の意味で忘れていなかったのです。

 きょうはこれから200頁の「むじな」を読みます。中学の英語の教材で読んだことがあります。こんな単純な話だったんですね。のっぺらぼうの話です。

 218頁まで来ました。「ろくろ首」を読みました。この話は、怪談としても、そう思わなくても、読み物としておもしろい話でした。先の読めない、スリリングな展開がありました。

 

 きょうは11月17日。

 「新編 宮沢賢治詩集」は188頁。「銀河鉄道の夜」の白鳥座の停車場の20分停車を利用して、ジョバンニとカムパネルラが訪れた、プリオシンコーストがモチーフになっている詩がありました。「銀河鉄道の夜」はきっと、永い時間をかけて構想を練り、詩にしたり、物語にしたりしてあっため、つくりあげていったのかも知れません。

 「小泉八雲集」は230頁。「雪おんな」を読みました。おはなしのつくりがおかしい(巳之吉と夫婦になった雪が10人もこどもを生んだとか、ホラー小説としてはありえない展開)ところもあるけれど、終わり方は幻想的で、日本人の想像力のゆたかさを指し示しているように思える。この話も、ハーンは一切の脚色を行わず、語り手から聴いたままを写し取っているのだろう。

 

 きょうは11月21日。

 「新編 宮沢賢治詩集」は208頁。

 猛烈な吹雪が織り成す荒涼たる虎落笛のような響きは、みちのくの人ゆえ、馴れているとは言うものの、この猛吹雪に閉じ込められ障子や雨戸に仕切られてはいても、大自然の猛威の中で、人間がどんなに賢かろうと敵わない事実を突きつけられると、賢治もこんな短詩に呟くぐらいしか伝(つて)がないのだろうと思った。

 「小泉八雲集」は244頁。「青柳のはなし」を興味深く読んだ。

 柳の精がもたらしたまぼろしのものがたり。ハーンはこの物語の致命的欠陥(旅の物語の後半、旅の目的だった室町の大大名:細川政元の許へ密命を帯びて遣わされるが、旅の途中で母の家によることを願い出、受理されたこと。この二つの重大事を、吹雪の晩に泊まった野中の一軒家に住まう老夫婦と美しい娘が登場した途端に忘れてしまう。論点が娘との色恋だけに視線を集中し、娘との結婚を許され、幸せな家庭を築いたが、その後間もなく娘は死んでしまうことに気をとらわれ、密命も母のことも忘れてしまって、何ら描いていないこと)に言及している。無名の作者による無名の物語。こんな破綻をみせている話にも頁を割いて書き写している。

 

 きょうは11月26日。

 「新編 宮沢賢治詩集」は214頁から218頁を経て、222頁を過り、225頁まで来ました。今後も急ぐことなくゆっくりと賢治が思いのたけを描いたこの詩群を、一行ずつ読んでゆこうと思います。

 賢治の詩の特徴は、およそ詩語にならないような言葉を詩語として用いている点。

 だからその詩は昭和初期のどの詩人の詩とも似ていない独自のもの。それは鉱物だったり、植物の学名だったり、星の神話に由来するようなものだったり、いろいろですが、イマジネーションというものは、こんな耳慣れない言葉でさえも詩語にしてしまえるものなのだなと痛感しました。

 彼の詩には音楽をモチーフにしたものがよくあります。彼自身、音楽を愛しチェロを奏で、教え子たちとも演奏を愉しんでいたという逸話もあります。

 地学にも詳しく、宇宙にも詳しかった賢治。それらを詩の種にして、そこからイマジネーションの翼を広げ、想像の世界をまるで手に触れることのできるようなものとして、ありありと描写してみせた。

 賢治の詩は文語ではなくすべて口語で書かれているから、現代に暮らす読者にも読みやすくわかりやすい。そういうことがあるから、より多くの詩がこどもたちの教材になっているのだなと、読んでいて腑に落ちるものを感じました。

 続いて、233頁まで来ました。

 「春と修羅 第二集」全編を読み終えました。体中に擦り傷のいたみを覚えるような詩集でした。自分を傷つけ、感じられる痛みを詩のなかに消えない文字として刻みつける。痛切、というほかに僕は言葉を知りません。こんなことを描かれては何も言えない。

 これから「春と修羅 第三集」にかかります。

 258頁まで来ました。

 独り言みたいな詩もあれば、会話形式のものもあります。それらは詩文の体裁をなしていないものも多く、読み終えて、作者の意図するものを考えた時点で、初めて詩というものなのだと気づくような作品たち。抒情詩なれどその抒情は独特のスタンスを持っており、写生詩なれどその写生は、他の詩人たちの作とは違う〈労働〉からの視点であったり、日常生活から生まれるものであったりする独自のスタンスを持ったもの。田舎者の悲哀・喜び・時にユーモアを交えた愉快な会話。

 

 きょうは11月30日。

 「新編 宮沢賢治詩集」は288頁まで来て、「春と修羅」「詩ノート より」をすべて読み終えました。「春と修羅 第三集」には、農業の詩、殊に稲の出来を詩にうたったような作は、米の不作に心を痛める賢治が、農民に指導してそれでもうまく行かなかったことに、責任を感じているような作もありました。言葉は詩ですが、その内容は自責の念に満ち、痛くて耐えられないようなものもあります。「詩ノート」は完全な草稿で、文字の欠落した部分もあり、詩として不完全にみえる作品も多いですが、ここにも賢治のまじめな性格は表れています。

 「詩稿補遺」の304頁を経て、「牧歌」という詩を読んでいました。田植えの情景を描いた詩です。

 田植えというものを写生した、労働の詩ですが、農民の視点から描かれたものではありません。ひとりの農学者としての視点から田植えを視ています。

 ひとりひとりに課せられたノルマは苗五列。この五列の苗を責任をもって植える。農作業、殊に田植えは気の遠くなるような根気がいるものだったと思います。けれども賢治の言いたいのはそんな低レベルなものではありません。

 農作業は手早く行わねば日が暮れてしまいます。特に岩手は山国。日没も早かったと思います。能率的に早く行うのも大切ですがそれ以上に大切なのは、この苗がちゃんと根付いて、より多く分蘖する、丈夫な稲に育つこと。根付きが浅ければ稲は育たない。いくら早く植えても意味がないのです。賢治はそこを視ています。この詩途中までは詩情も感じられましたが、終わり方を見ると詩の体裁を成していません。けれど語り口は巧みで、おもしろかった。

 

 きょうは12月2日。

 「新編 宮沢賢治詩集」は、「詩稿補遺」「疾中」を読み終えました。

 「夜」という詩に結核のことが書かれています。

 喉からの喀血が止まらない。誰に看取られることもなく、一人で死んでいいんだと、肝に銘じながらも、生々しい鮮血を見れば見るほどに、その血のぬるぬるとした生臭い死の感触に怯えてしまうというようなことを賢治は書いています。

 329頁から「文語詩稿」にかかります。僕だけが知らなかっただけかも知れませんが、賢治の文語による詩稿は珍しいものに思えました。ただ賢治の時代、ほとんどの詩人は文語で詩を書いていたので、賢治も文語の詩を書いていても別に不思議はありません。

 ほぼほぼ七五調か、七七の語調で書かれています。やっぱり現代人の僕の感覚から行くと、文語詩は読みづらいです。

 ともかく、360頁までやってきました。いま「敗れし少年の歌へる」を読んでいます。

 押し殺した、哀しみのようなものを感じます。前面にあらわな感情が出てきません。

 ここに描かれているのは黎明、つまり夜明けの情景。

 かの惑星と、少年(作中「きみ」と呼んでいる)の星の哀しみ。ロダイト(隕石のことらしい)が流星となって地上に墜ちてくる、その星のことを哀しいという。賢治の詩には流れ星に願い事をささやけば、願いが叶うなどという、甘っちょろい寝言のような文言は一文たりともない。流れ星、つまり隕石の落下は、言わば〈星の死〉であり、星が流れる夜は何処かで誰かが天に召されてゆくことの暗示でもあった。

 

 

 きょうは2026年1月28日。

 永いこと読書を怠けていました。

 「小泉八雲集(新潮文庫)」読了。

 ギリシャ人の母とアイルランド人の父を両親に持ち、世界をまたにかけた文筆活動をしたラフカディオ・ハーンは、言ってみればコスモポリタンの走り。そんな彼が日本に来て日本特有の文化に驚き、感動し、つづった書籍のダイジェスト版が本書。

 ニューヨークからモントリオールを経、ヴァンクーヴァーからカナダ太平洋汽船アビシニア号で遠路はるばる横浜へ到着。鎌倉、江の島、と遊んだものの、西洋人が行きそうなところにしか案内しないガイドに不満をもち、ミッチェル・マクドナルドの紹介で知り合った東京帝大B.H.チェンバレン教授と文部省の役人だった服部一三の斡旋で島根県松江中学校の英語教師として赴任。直に生々しい日本文化に触れての感動を、つづるようになる。ここからが朝ドラ「ばけばけ」に描かれていたところ。「知られざる日本の面影」という本は僕も持っていた(僕の本は35年前に買ったもので、訳者が違い、「知られぬ日本の面影」というタイトルではなかった)。

 朝は物売りの声に目覚める。豆腐売り、大根売り、その中に蜆売りもあったわけだが、こういう、物売りの声の節回しの快さ。遊郭や様々なところから聞こえる、三味線や琴の音の奥ゆかしさ。昼は中学校の生徒たちのまっすぐ自分を見てくる学習態度に感じ入り(だが彼らの学習態度を見て「日本人は、今や過度の緊張の時代に突入している」と書いている。ハーンは日本の行く末を予見していたのかも知れない、とも思う。「望みどおりの知的変革を成し遂げることは、当然、恐るべき犠牲を伴わずにはおかない生理的変化をもたらすに違いない。言い換えるならば、日本はあまりにも多くのことをやろうとしすぎているのである。」と書いている)、それ以外の時は松江近辺の伝承ある神社仏閣への参拝。夜は、かつては由緒ある小泉家の生まれで、生まれて間もなく稲垣家の養女となった、稲垣セツの語る怪談を耳を澄まして聴いた。こういう処、日本人でありながら、日本人の深い精神性を伝承の話に捉えた、柳田國男の「遠野物語」と似通った処がある。

 ハーンが日本にやって来たのは1890年。1894年に始まる日清戦争の前夜で、まだ夏目漱石は小説家にもなっていないし、内田百閒は生まれたばかり。芥川龍之介は未だ生まれてもいない。年々、東アジアの政治情勢が逼迫してきて、大日本帝国は富国強兵を叫び、軍国主義が徐々に国中に広まっていった時期。日本の政治家も役人も、いや日本のほとんどの国民が日本古来の伝統文化を蔑ろにし、西洋化を推し進めていった時代だった。日本人の誰ひとりとして、〈日本文化の、ほんとうの尊さ〉に気づいていなかった。そのことに気づいていたのがラフカディオ・ハーンだったし、柳田國男だったのだと言える。時代に流されないこの二人の精神。それこそがほんとうに日本文化を知るにあたって、尊いのだと思った。

 

 「知られざる日本の面影」の中の、「日本人の微笑」を興味深く読んだ。

 まず、ハーンは、日本人と英国人とでは、どちらがまじめかという論点から書き出している。ギリシャからアイルランド、イギリス、フランス、アメリカ、カナダと各国を渡っていったハーンにとって、イギリス人は欧米人の中でもっとも真面目に見えたのだろう。日本人はイギリス人ほど真面目ではない、だが、真面目でない分、かれらは幸福なのだという。文明世界において日本人ほど倖せな人民はいないという。

 日本人には〈営業スマイル〉という作法がある。仕事の話をするとき、欧米人は真面目な顔で商談に入るが、日本人はまず最初に愛想笑いをするのだ。これが欧米人には不誠実な態度に映る。真面目な話をしているのになぜ笑うんだと言って、怒り出す人もいる。

 また、災害に遭った人たちのことをTVで見ていると、海外の被災者はこんな目に遭うなんて、と、嘆いたり、泣いたり、怒ったりするが、日本人は嘆く処はおんなじだが、それと同時に呆れたり、笑ったりする。あれが分らないと欧米人は言う。

 ハーンの話に戻る。横浜に住むイギリス夫人に仕えている家政婦が、「良人が亡くなったから一日だけお暇をいただきたい」と言った。そして葬儀を済ませた家政婦は、荼毘に付した良人の前歯が焼けずに残っていたと言って、その歯を夫人に笑いながら見せたという。ハーンには感動的な光景に見えたこのことが、イギリス夫人にはまったく理解できなかった。何ていやらしい笑顔だろう。日本人にはわかる、この家政婦の健気さ。さぞかしご主人のことを愛していたんだろう。それが伝わらない哀しさをハーンは感じていた。

 或る別のTというイギリス人。彼は未だ髷を落とさず刀も二本差した老いたサムライを下男に雇っていた。床に手をついて礼をするその慇懃さ、たびたび行われるささやかな贈りもの。それらの意味をまるで理解していなかったがために、こんな悲劇が起きた。

 なぜそんな事件が起きたのかもう誰も憶えていない。とにかくTが激怒してこの老人を叱った。老人は平伏して微笑を浮かべている。何故笑うんだと言っても微笑をやめない。口汚く罵ったが彼は表情を変えない。結局家から出てゆくように命じた。それでもまだ老人は笑っているので、彼は殴りつけた。すると、老人は太刀を鞘から抜いて、Tの頭上でくるくると振り回した。Tが驚いていると、老人は刀を鞘に納め、足早にそこを立ち去った。Tは何か老人に済まないようなことをしたと思ったが、後でまたやって来るだろうと思ったから、そのままにしておいた。

 事件はその後で起きた。老人が切腹して果てたのだ。以前、お金が必要になりましたと言って、彼はTに刀を差し上げ、その代金を貸してほしいと言ってきたことがあった。金は後で返し、刀は老人の許に戻ったのだが、イギリス人より大変な侮辱、はずかしめを受け、その屈辱を晴らすためとはいえ、その刀で刃傷沙汰に及ぶとは、武士の名折れ、末代までの恥。せめて切腹して果て、武士としての本懐を遂げたいと、彼は思ったのだ。老人がTに叱られたとき何故笑ったのか。この期に及んでも、Tに理解できたとは思えない。

 

 日本人の微笑。愉快な時だけでなく、愉快でない時にもそれは認められる、とハーンは言っている。それは立ち居振る舞いの一部だと。何故なら最も気持ちのいい顔は微笑した顔だからだ、と。半面、深刻な顔をしたり、不幸な顔をすることは、非礼にあたる。こうして小さい頃から植えつけられた日本人の微笑は、やがて本能的なものとなると、言っている。

 ちょっとだけ前述したが、悲しみには自然、はけ口を必要とするにせよ、目上の人や客人の前でこらえきれずに涙を流すことは、いかにもはしたないことなのであると書いている。僕がそれに付け加えることがあるとすれば、それは殊に日本女性に多いが、人前で流せない涙は、場所を移す。妻は厨へ引っ込んで泣くことは許されているが、座敷で泣くことは許されていない。こどもだって、男だって、泣きたいときは厠へ行って泣いたのだ。

 つらい目に遭った時、まず日本人は笑おうとする。何故なら深刻な顔をすれば、周囲を心配させるからだ。これは現代でも同じ。日本人の特質だ。この不可解な〈ジャパニーズ・スマイル〉を、初めて本当の意味で理解した外国人は、ハーンではないだろうか。少なくとも文章の形で後世に残したのは、紛れもなくハーンだと思う。

 

 当時の日本にあった政治や文化の形態は、利己的な資本家だけが得をする世の中を作った。そのことについてもハーンは他の著述家の主張を借り、言及していて、日本の将来を考えるとき、極めて憂慮すべきことだと案じている。資本主義者によって牛耳られた世の中は、目のある人には見え、耳のある人はこれを聞いている。日本人のほとんどは尋常小学校しか出ていないから、資本主義の細かいからくりについては、理解したくてもわからない。わからないから、学も金もある資本家は彼らの多くを思うがままにこき使って、好きなだけの富を得られる。簡単に言えばそういうことだ。

 旧い日本が、十九世紀の日本より物質的に遅れていたとはいえ、道徳的には、そして精神的には遥かに進んでいたことは疑問の余地がない。日本人は西洋人よりはるかに、精神的な国民であるとハーンは言いたいようだ。現代においても、その精神性はときどき発揮されることがある(FIFAワールドカップでスタジアムのごみ拾いをする日本人や、お財布などの落とし物を、自分のものとせずに交番に届けたりする点などに顕著にあらわれる)。ひったくりをするような人もいるけれど、反面、ひったくりを捕まえようとする人がいるのも日本人だ。

 ハーンは、こう締めくくっている。

 「現在、日本の若い世代の人たちがとかく軽蔑しがちな過去の日本を(中略)いつの日にか、かならず日本が振り返って見る時があるだろう。素朴な歓びを受け入れる能力の忘却を、純粋な生の喜びに対する感覚の喪失を、はるか昔の自然との愛すべき聖なる親しみを、また、それを映していた今は滅んだ驚くべき芸術を、懐かしむようになるだろう。かつて世界がどれほど、光にみち美しく見えたかを思い出すであろう。(中略)おそらく、そのなかでもっとも驚嘆するものは、古い神々の温顔ではなかろうか。その微笑こそが、かつての日本人の微笑にほかならないからである」。

 Eテレの「日曜美術館」なんか見ていると、ほんとうに思う。日本がかつて持っていて、失ったものの尊さ偉大さを。思うのだ。ハーンは百年以上も前に、そのことに気づいていたのだ。

 

 

 きょうは1月29日。

 きょうから、

 村田沙耶香「コンビニ人間(文春文庫)」を読みます。

 

 

 きょうは2月3日。節分です。

 村田沙耶香「コンビニ人間(文春文庫)」読了。

 芥川賞受賞作の中には、何故受賞したのか理解に苦しむような、つまらない作品もけっこうあるのだが、この小説は当たりだった。文句なしの傑作。あっぱれと言いたくなるような名品だった。

 こどもの頃から、社会に適合できない人間だった主人公:古倉恵子。悪目立ちしないように寡黙な思春期を過ごしてきたが、大学生になった時、コンビニのアルバイトとして働くことが転機となって、彼女の人生は変わった。自分という人間を〈コンビニ店員〉という小さな型に合うような人間につくりかえる。そうすることで自己の存在意義を肯定できるようになった。

 彼女は「自分でなくなるため」にほかの店員の喋り方を真似した。自分の喋り方というのがわからないというか、〈コンビニ店員という衣装:すなわち鎧〉なしには、自分自身でいることもできなかったのだ。自分を守る術を持たない。自分というものがないというより、自己自身を社会に見せることができない人間だった。

 白羽さんという店員のことが出てくる。彼は恵子と違って、自分以外の誰にもなることができなかった。常に自分自身でしかいられず、他人を演ずることができない。商品の並びを違えてならべている。オレンジジュースのあるべきところに牛乳が並んでいる。セールなのにセール品が足りていない。遅刻は一度や二度ではない。言われたことをやらない。廃棄の商品をこっそり食っている。叱られても開き直り、反省一つしない。スマホを持ち込むことは禁止なのに、店内でスマホを見ている。彼はコンビニ店員というお仕着せの型にはまることを徹底的に拒絶した。30代半ばだった彼は、婚活の為に店員になったという。そのこと自体、意味不明だ。店員は既婚者か、学生のような若い人が多く、結婚適齢期の女性が店員になることはまずない。だから、彼は店に来る女性客に目を付け、住所や電話番号を気にしたり、ストーカーまがいのことをするようになって、店長に注意され、店員を首になった。コンビニ店長ふぜいが。えっらそうに。店長なんて人生のなれの果てだ。40代にもなってコンビニ店長って、社会の底辺で生きている「もう終わってる連中」だと、白羽さんは腐していたが、そういう自分の方が、男のくせに30代半ばにもなってコンビニ店員ふぜいって、そもそもそこで人生終ってるだろと陰口叩かれているのを知らないのか。彼は店のみんなに嫌われていた。それに、ルームシェアしている部屋に住んでいたが、首になったことで家賃が払えず、部屋を追い出されそうになっていた。

 そういう白羽さんに恵子は提案をした。私と一緒に暮らさないか。恵子は大学生時代から今日まで、18年間コンビニバイトしかやってこなかった。そのために周囲から変な目で見られている。その嫌な視線をかわすために、結婚を前提として同居すること。これはお互いにとって得じゃないかともちかけたのだ。

 生活は苦しくなった。白羽さんは事業を起こすなどと偉そうなことはぶちあげるが、具体的には何もしない。恵子は料理を作らない。肉や野菜を茹でるだけだ。味がしなくて物足りないなら、それに醤油をかける。そんな異常な食生活が彼らの毎日だった。

 白羽さんと同棲していることがバレてしまってからは、生活がやりにくくなった。コンビニでも仕事の話より、白羽さんのことを訊かれた。外国人のバイトの子まで、こどもは産んだ方がいいなどと提案してくるので、だんだん店に居づらくなり、結局店を辞めることになった。周囲からはやっと真っ当な社会人になれると祝福の声が相次いだ。

 だが、店を辞めてから恵子は、また元の社会不適合者の生活になってしまっただけだった。腹が減ったら何か食べ、眠くなったら昼でも夜でも関係なく寝た。自分の生活が何のためにあるのかわからなくなっていた。コンビニ店員でなくなったら、自分が人間でなくなったような、そんな隔絶された気持ちになっていた。

 ラスト。恵子は就職の面接に向かう途上、トイレを借りに、コンビニに入る。陳列棚がちゃんとなっていない。並べ替える。セール品が目立つところにおいてない。置き換える。暑い日なのにミネラルウォーターが足りない。補充しなきゃ。店員に注意し、補充させた。店員でもないのにそんなことをしている自分がいた。面接用にスーツを着ていたから店員からは本社からの監査員だと思われたようだ。そうなのだ。自分はコンビニの中でしか生きられない人間なのだ。この狭い〈コンビニ店員〉という枠の中でなければ生きられない。それが自分だと悟るのだった。

 この主人公。病んでいる。けれど、自分自身というものに自信がない、というか、一度、こどもの頃に〈危険な人間〉というレッテルを貼られてしまったために、その〈危険な人間像〉を押し隠すことが必要だった。こどもの頃は寡黙を押し通すことで自分を守り抜いてきたけれど、それでは友だちさえ作れず、将来的に真っ当な人生を歩めない。それで〈誰でもない誰か〉を演ずるようになった。〈コンビニ店員〉の狭い枠に自分をはめることで、自己を肯定できる人間になってゆこうとした。でも私生活を見ればわかるように、このひと、まともではない。それは食生活を見ればわかる。肉や野菜を茹でるだけって、ものすごく惨めで貧しい食生活に見える。料理を理解できない。食べものを美味しいと思ったことが無いのだ。僕はこういう人間に出会ったことがないからわからないが、そういう人生って、倖せだろうか。というか、主人公には世間一般の〈倖せ〉の価値すらわかっていない気がする。どうすれば倖せになれるのか、何が倖せで何が不幸なのか。それさえ彼女にはわかっていない。少なくとも妹とは全く違う価値観をもって、彼女は生きている。彼女にとってコンビニ店員であることが倖せなのだ。人生のなれの果てだろうが、そもそも終わっていると言われようが、正規の従業員ではなくアルバイトに過ぎなくても、薄給であろうが、コンビニの仕事をしていれば、コンビニエンス・ストアの歯車のひとつとして機能していることが、彼女にとっての倖せなのだ。そこでは無個性なコンビニ店員に過ぎなくても、自分自身の〈危険な人間像〉に向き合わなくて済む。彼女はほんとうの自分を愛せない、というより、ほんとうの自分を愛することを、家族にも社会にも認められていない。つまり、自分自身でいることは、彼女にとって〈不幸〉なのだ。だからコンビニ店員でいたいのだ。

 人間というのは多種多様で、ほんとうならどんな性格でも、どんな考え・思想をもった人間がいても構わない。だが、そういう社会にはまだ日本はなっていない。今後も、未来の日本もそんな世の中にはならないだろう、決して。このひとのこども時代の事件のように、喧嘩を止めさせるために、喧嘩の当事者を凶器でもって殴りつけるなどという止めさせ方を考えるこどもを、どう育てればいいのか悩む社会、すなわち世の中、学校、家族。この人物自身、どう生きてゆけばいいのかわかっていない、アラフォーに差し掛かっても未だにわかっていないのだ。主人公にほんとうの意味での〈不惑〉はおとずれるだろうか。

 

 きょうは2月4日。

 川端康成「古都(新潮文庫)」

 つげ義春「新版 貧困旅行記(新潮文庫)」

 西東三鬼「神戸・続神戸(新潮文庫)」を同時進行で読みます。

 

 きょうは2月5日。

 「新編 宮沢賢治詩集(新潮文庫)」読了。

 賢治はもっと厳しい人じゃないかと思って、ずっと読まずにいたけれど、思っていたよりもずっと、優しい詩をつづる人でした。

 賢治の詩の根底にあるのは、慈愛です。それと郷里への愛。賢治の詩は人懐っこく、美しい。だから郷里の農業に携わる人が不作に苦しんでいるのを見るのがつらい。何とかしてやりたい。彼は正義漢ではありません。勧善懲悪というようなことを考える人ではないような気がします。何故なら詩の中に、人を憎む言葉が全くないことからもそれが感じられます。苦しんでいる人たちの苦痛を取り除いてやりたい。それだけなのです。

 

 

 きょうは2月21日。

 川端康成「古都(新潮文庫)」読了。

 昭和36年(1961年)10月8日から、37年1月23日まで朝日新聞に連載された、彼の円熟期の作と言っていい、長編小説である。

 京都が舞台なので、全編にわたり、会話は京ことばで書かれているが、京ことばに若干馴染みのない僕のような読者には、最初とっつきにくい小説だった。

 日本での評価より海外で評判がよかったのは、外国語で訳されれば京ことばもどこの方言も関係なく読めるからではないかと思った。

 作中会話の中に、

 「………。」とだけ示された表記がかなり頻繁に見受けられるが、ここは何を言おうとしているか、読み取れない箇所も多かった。そこで考えたのだが、川端康成はこういう表記を多用することで、京都に暮らすひとの、そして日本人の奥ゆかしさを表現したかったのではないか。

 会話の多い小説だが、情景描写は密で、視覚(目にまばゆい振袖や浴衣の美しさ)・聴覚(語感の柔らかい京都弁や祭囃子の賑やかさ)・嗅覚(風や雨の匂い)・味覚(京料理の奥ゆかしさ)・触覚(夕立の雫の冷たさ、夏の暑さ、和服の肌触り):つまりは五感に訴えるかのように描かれており、そこは並の作家とは違う〈品格〉を感じさせた。

 川端康成の文章には、ほんとうなら存在しうるはずの自制の意志や、執筆における厳しさは感じられない。むしろ鷹揚で自由で変なこだわりがなく、自在に見える。初期の彼の作には繊細で硝子細工のような〈毀れやすさ〉を感じたけれど、晩年というか、円熟期の本作に至っては、そのような印象は薄れ、むしろしたたかさや逞しささえ感じられる。

 ただ、作中の登場人物:苗子の言葉に気になる記述があった。以下のようなものだ。

 「この世に、人間というものがなかったら、京都の町なんかもあらへんし、自然の林か、雑草の原どしたやろ。このへんかて、鹿やいのししなんかの、領分やったんとちがいますか。人間て、なんでこの世に出来ましたんやろ。おそろしおすな、人間て……。」

 これは苗子の世界観というより、川端康成の抱いていた世界観ではないだろうか。

 あと、作中に芸妓が客の舌を噛み切ったというエピソードがあった。ここ。思い当たる節がある。溝口健二の晩年の映画「祇園囃子」にも舞妓が自分にキスしようとした客の舌を噛み切り、口周りを血まみれにする場面があった。川端氏の小説よりずっと以前に溝口氏は鬼籍に入っている。川端氏は映画を観たのだろうか。それとも取材した結果だろうか。

 

 

 きょうは4月1日。

 北川悦吏子「ウチの娘は、彼氏が出来ない‼(文春文庫)」読了。

 同名ドラマのノベライズ本で、これを読むのは二度目。ドラマを思い出したくて読んだが、読むたびに印象は悪くなってゆく。文章に冴えを感じないし、全体的に平板で、盛り上がり、高揚感に欠ける。これだったらドラマの方がよっぽど面白かった。もしかしたらこの本、ゴーストライターが書いたのかも知れないが、書いているひと本人自体、この小説を面白いと思っていないんじゃないのか。やっつけ仕事だと思って、適当に惰性で書いたんだろうが、読者を舐めているのにも程がある。あまり読者を馬鹿にしないで貰いたい。

 お話の骨格はドラマの通り、ちゃんとできているのだが、文章に魅力を感じない。いやいや書いているのが見え見え。こういうつまらない本を出すから出版業界は読者に愛想をつかされるんじゃないのか。第一、作者はこの作品の文章をよく読み返したのか。何十回じゃ足りない、何百回となく読み返し、整った文にしてゆくのが作家の仕事だ。この小説、その文章そのものが整っていない。文体が干からびているし、雑でもあり、すらすら読むのに骨が折れる。佳い文章というのは朗読してみればすぐわかる。流麗でうつくしい、春の小川のようなやさしく読みやすい文章。こんな醜く、随所で引っ掛かり、読んでいて腹が立ってくるようなものじゃない。