患者さんのプライバシーに配慮し、症例に差し支えのないデータを一部改変してあります。

 

 90歳、女性。脳梗塞後遺症のため自宅では生活できなくなり、R3.12.27当院入院となっています。前医で中心静脈カテーテルが右肩に挿入されていました。

 特に問題なく経過していましたが、R4.3.15より39℃台の発熱あり、症状は特になし。中心静脈カテ挿入部分の発赤、腫脹、疼痛はなし。聴診で肺野にcracklewheezingなどの所見なし。心雑音聴取せず、CVA疼痛なし。腹部触診に問題なし。右上腹部痛、Murphy’s signなどなし。

 尿は黄色透明、沈査でWBC 5-9/1視野、細菌2+、胸部X-P 特に問題なし。WBC 15000(顆粒球82.9%) CRP 4.4 AST 28 ALT 20 ALP 72 T-bil 0.3 γ-GTP 11 BUN 14.4 Cr 0.43 Na 138 K 3.8 Cl 94

 肺炎、尿路感染症、肝胆道系感染症と思われる所見なく、皮膚の発赤もなく、他にfocusがある可能性もありますが、中心静脈カテーテルが挿入されているため、カテーテル関連血流感染症を疑う必要があります。

 TTE(経胸壁心エコー)を施行しましたが、M弁、A弁、T弁に疣贅を指摘できず。

 念のため眼瞼結膜の点状出血、爪下の線状出血、手掌、足底のJaneway病変、Osler結節を探しましたが、見つかりませんでした。

 

 

カテーテル関連血流感染症

 

 カテーテル関連血流感染症(catheter-related bloodstream infection:CRBSI)は、カテーテルによって生じる全身の血流感染症です。血管に直接刺入されたカテーテルから始まる感染症であるため、一般的な感染症よりも全身に播種する可能性があるため注意を要します。末梢静脈カテーテルよりも中心静脈カテーテルによって生じる可能性が大きいです。CRBSI中心静脈カテーテル由来が90%とされています。ただし末梢静脈由来はもう少し多い可能性もあります。

 俗に「カテ感染」とも呼ばれていますが、感染の本質はカテだけではなく血流に菌が巡っていることにもあるため、正式名称は「カテーテル関連血流感染症」といいます。

 

・臨床

 感染はカテーテル内外に生じる可能性があります。カテーテル外側に生じた場合、刺入部に発赤、腫脹、膿性分泌物が生じることがあります。ただしカテの内腔に感染が生じた場合は当然このような変化はなく、またカテ外側の感染でも典型的な所見は生じないことも多々あるとされています(特にグラム陰性菌の静脈炎は局所の炎症所見が乏しい)結局のところ、刺入部に炎症所見が見られるのはCRBSI10%以下といわており、刺入部に発赤腫脹がないからと言ってCRBSIの否定は出来ません。ただし炎症所見が見られた場合は迷うことなく抜去を選択するべきです。

 一般的にカテーテルの挿入期間が長くなると、感染の確率は上がります。ただし挿入日数に基づくルーチンのカテ交換の必要はないとされています。

 挿入部位の中で、最も感染を起こし易いのは鼠径部からの挿入で、最近ではこの部位からの挿入は可能な限り避けるべきとされています。他の部位では、教科書的には内頚静脈、鎖骨下静脈の順に感染は少なくなるといわれています。

 感染症と思われる症状・所見(発熱、悪寒、意識レベルの低下、悪心嘔吐など)があるにもかかわらず、肺炎、腎盂腎炎などカテーテル以外の感染巣が不明なら、CRBSIが疑わしい状況となります。

 

・原因微生物

 一例として、米国CDCの全米医療安全ネットワークでは、原因菌として以下のものが指摘されています。

コアグラーゼ陰性ブドウ球菌:16.4%

黄色ブドウ球菌:13.2%

腸球菌:15.2%

カンジダ属:13.3%

クレブシエラ:8.4%

大腸菌:5.4%

エンテロバクター:4.4%

緑膿菌:4%

 

 表皮の常在菌が多いのは当然ですが、意外とグラム陰性菌や腸内細菌が原因のことも多いようです。ただの憶測ですが、腸内細菌は鼠径部からの挿入のせいかも知れません。

 

 

・感染源

CRBSIの感染源は、以下の4つがあります。①と②が頻繁に見られ、③と④は頻度が少ないとされています。

皮膚からカテ―テルの外側を沿うルート:微生物はカテーテル創に侵入し、カテーテル-皮下路に沿ってカテーテルを包むフィブリン鞘に移動し、感染を広げていく。前述したようにこうなっても必ずしも発赤、腫脹は伴いません。

カテ管腔内の汚染:2週間以上留置されたカテーテルの重要な原因であるとされています。

他の部位からの血流感染:消化器部位など、他の感染源から発生した血流感染で起こるカテ感染です。やはり長期留置のカテーテルに多いとされています。

輸液の汚染:最近はまれですが、輸液の製造過程、医療従事者のカテーテルハブの取扱いなどに問題がある時起こります。

 

・診断

 血液培養が2セットともCRBSIを示唆する微生物陽性で、他に明らかな感染源がない場合は本症がきわめて疑わしくなります。

 血液培養を末梢から1セット、中心静脈カテから1セット採取し、中心静脈カテからの血液培養が2時間以上前に陽性となれば、中心静脈カテが原因である可能性が高いといわれています。ただしボトルに入れる血液の量が均等になるよう注意する必要があります。

 以前はカテ先を培養に出していましたが、最近は原則としてカテ先培養は出さない方がよいとされています。これはカテに定着しているバイオフィルム内の菌と本物の血流感染を区別出来ないためです。

 一般に、ICUなどで発熱している感染源が不明な患者では、CRBSIが疑われます。しかしこのような場合、カテーテルが発熱の原因である率は10%程度であるというデータも多く、いたずらにカテーテルを抜去する行為は無駄になる可能性が高いようです。

 血流感染が証明されていない血行動態が安定した原因不明の発熱患者には、カテーテル抜去は必要ないとされています。中心静脈カテの再挿入となれば、患者にリスクを負わせることにもなるため、抜去前には熱源の検索を慎重に行う必要があります。

 

 

 本患者ではCRBSIが疑われました。血液培養2セット施行したところ、2つとも黄色ブドウ球菌が培養されました。ただちに中心静脈カテを抜去し、セファゾリン1g×2/日の投与を開始しました。投与4日目で再検した血液培養の陰性化を確認しています。抜去翌日には解熱し、その後はセファゾリンを14日間投与継続し、特に問題なく経過しています。

 

黄色ブドウ球菌菌血症

 

 黄色ブドウ球菌による菌血症は、死亡率が2040%と言われており、臨床的に重要な所見です。発見した場合は可能なら感染症医にコンサルトするべきとされています。感染症医のベッドサイドでの診察は90日死亡率を優位に低下させた(9%vs29%;オッズ比0.25)り、別の研究では再発が有意に少ない(6%vs18%)ことが指摘されています。

 

・診断

 黄色ブドウ球菌の血液培養検出は、たとえ1本であってもコンタミネーションではなく陽性であると見なすべき、とされています。

 

・画像検査

 黄色ブドウ球菌の菌血症の患者は、感染性心内膜炎の存在を評価するために心エコー検査を受けるべきとされています。経胸壁心エコー(TTE)で疣贅が確認されれば、通常経食心エコー(TEE)は必要ありませんが、TTEは疣贅に対して感度は約60%と十分ではないので、TTEで感染性心内膜炎を除外することはできません。

 黄色ブドウ球菌の菌血症で、TTEで疣贅を認めない患者に対するTEEの適応は、議論のある所です。TEEは疣贅に対してTTEよりも感度が高いのですが、TTEよりもコストとリスクが高く、食道穿孔のような重大な合併症は1/5000の割合で発生します。感染性心内膜炎が臨床的に強く疑われ、TTE検査が陰性であった場合、TEEの施行が望ましいとされています。

 

・治療

・可能な限りカテーテルは抜去します。

・第一世代セファロスポリン系などβ-ラクタム剤が第一選択となります。バンコマイシンはβ-ラクタムが使用できない(アレルギーなど)場合を除き、使用すべきではありません。β-ラクタム剤よりも治療効果が劣るからです。

・抗菌薬投与後、24日後に血液培養を再検し、陰性を確認します。

・合併症のない(心エコーで感染性心内膜炎が除外されている、カテ―テルや人工心臓や人工血管などのデバイスがない、再検の血液培養が陰性)黄色ブドウ球菌の菌血症に対して、通常は2週間程度抗菌薬を投与するとされています。ただしこの期間については必ずしもコンセンサスが得られているわけではありません。

・合併症を有する場合は2週間を超える治療期間が必要になる場合が多くなります。感染性心内膜炎、心臓デバイス感染症、骨髄炎など、それぞれの疾患を参照して下さい。

 

 

参考文献

UpToDate :Intravascular non-hemodialysis catheter-related infection: Clinical manifestations and diagnosis

UpToDate :Intravascular non-hemodialysis catheter-related infection: Treatment

UpToDate :Epidemiology of Staphylococcus aureus bacteremia in adults

UpToDate :Role of echocardiography in infective endocarditis

・青木眞  レジデントのための感染症診療マニュアル

・岩田健太郎 抗菌薬の考え方、使い方

・伊東直哉 感染症内科ただいま診断中!