新型コロナウイルスのB.1.617.2delta)変異体は、インドでの感染急増の要因となり、現在世界各地で検出されています。202175日、米ファイザーのワクチンはデルタ株には発症予防効果が従来より低い(64%)とイスラエル保健省が発表し、世界で物議をしました。ニューズウィークの報道によると、ファイザーはイスラエル保健省の発表は正式な論文によるものではない、ということでコメントしていませんでした。

 そんな中、こちらの論文がNEJMより発表されています1)。この論文ではイングランドCovid-19 症例データベースを用いて、test-negative case control design(診断陰性例コントロール試験)でファイザーおよびアストラゼネカのワクチンのアルファおよびデルタ株に対する有効性を検証しています。

 結果ですが、2回接種時の有効性は、ファイザーのBNT162b2ワクチンでは、アルファ変異株に対して93.7%、デルタ変異株に対して88.0%、アストラゼネカのChAdOx1 nCoV-19ワクチンでは、アルファ変異株に対して74.5%、デルタ変異株は67.0%となっています。

 若干有効性は低下していますが、ファイザーのワクチンはデルタ株に対して88%、アストラゼネカも74.5%と、かなりの効果が見込めるようです。イスラエル保健省の発表は何だという話ですが、高齢者のみのデータだった等、何らかの偏りがあったのではないかと言われています。

 ただし、今後も変異株は次々と登場して来ることは確実ですので、現在のワクチンも徐々に有効性が低下して来るのは避けられないでしょう。

 

test-negative case-control design(診断陰性例コントロール試験)について

 

 従来のワクチンの有効性を調べる研究では、ワクチン接種群と非接種群を追跡し、それぞれの発病率からワクチンの有効性を算出する方法が主流でした。前向きのコホート研究であり信頼性が高いのですが、問題点として追跡には多大な労力が必要であり、受診者だけを対象に発病を確認するという方法ではバイアスを生じてしまう可能性がある、という欠点がありました。

 

 

  図12020年にNEJMに掲載されたファイザー社製新型コロナワクチンの研究結果です3)。前向きのRCTで理想的な結果ですが、計4万人以上を追跡調査するのは大変だったはずです。メガファーマのバックと資金が無ければ、毎度毎度こんな研究を行うのは困難です。

 

 そこで冒頭のtest-negative case-control designです。この研究は後ろ向き研究なので、ワクチン接種者やコントロール群を追跡調査するという手間の掛かる方法は必要ありません。研究対象は疾患(インフルエンザや新型コロナウイルス感染症など)の疑いがあり病院を受診し、検査を行った患者です。この検査で陽性(症例、case)と陰性(対照、control)に分けてワクチン接種のオッズを算出します。有病率がそれほど高くない時、両者のオッズ比は相対危険度に近似できるのでワクチンの有効率が分かる仕組みです。欧米では、最近のインフルエンザワクチンの有効性などはこの手法で行われているとのことです2)

 教科書的には、以下のような方法で行われたはずです。研究対象は新型コロナの疑いで病院を受診した患者です。受診者に病原診断(PCR検査)を実施し、陽性群(症例)と陰性群(対照)に分け、それぞれのワクチン接種状況を調べます。

 図2test-negative case-control designについて、分かり易くなるようモデルを作ってみたものです。ご覧になれば分かる通り、研究対象が病院を受診した人なので、わざわざ追跡する必要がありません。症例集めは通常業務で行えます。そしてデータの振り分けは通常の検査を行って、ワクチン接種歴を調べて4つの群に分けるだけです。あとは簡単な計算でワクチン有効率が算出出来ます。この図は1つの病院の例ですが、国や県の疾患データベースがあれば何万というデータが簡単に手に入るはずです。

 

 

参考文献

1)Jamie Lopez Bernal, Nick Andrews, Charlotte Gower, et al. Effectiveness of Covid-19 Vaccines against the B.1.617.2 (Delta) Variant. N Engl J Med 2021; 385:585-594

2)https://www.biken.or.jp/wp-content/uploads/2017/06/vaccine_no_michi_vol.02.pdf

3)Fernando P. Polack, Stephen J. Thomas, Nicholas Kitchin, et al. Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine. N Engl J Med 2020; 383:2603-2615