今更ですがアスピリンについてまとめてみました。100年以上前から使われている薬ですが、心血管疾患に使われ始めたのは、意外にも比較的最近のことでした。アスピリンの心血管疾患に対する二次予防の有効性は昔から確立しています。しかし一次予防については、あいまいな時代が続いていました。一応、最近の一連の研究でとりあえずの結論は出たようです。

 アスピリンの話ということで、クロピドグレルやDAPTの話は省略します。

 

アスピリンの歴史

 古来よりヨーロッパではヤナギに鎮痛作用があることが知られていましたが、1838年、セイヨウシロヤナギの葉からサリチル酸が分離精製され、医薬品として合成されるようになりました。サリチル酸は鎮痛薬としては強力なのですが、胃腸障害や腎障害が多いのが欠点でした。この副作用を緩和すべく、1897年にドイツのバイエル社のフェリックス・ホフマンによってサリチル酸がアセチル化されてアセチルサリチル酸が誕生しました。

  正式名称はこのアセチルサリチル酸ですが、ドイツのバイエル社の商標であるアスピリンが日本ではこの薬品の名称になっています。ちなみに商品名のバイアスピリンの「バイ」はバイエル社の「バイ」です。

 アスピリンは鎮痛薬として大ヒットしました。1950年には世界一売れた薬としてギネスに登録されています。その同じ1950年に米国カルフォルニアのCraven医師が「400人以上の患者に2年間アスピリンを飲ませたが、一人たりとも狭心症になっていない」という観察を元に、アスピリン内服による狭心症リスク低下の可能性を示唆しました(Ann West Med Surg 1950;4:95-99)。この虚血性心疾患リスク低下作用は1978年に発表されたCooperative Studyで統計学的に確認され(NEJM 1978;299: 53-59)1985年にはFDAがアスピリンを心筋梗塞の予防に用いることを承認しました。こうしてアスピリンは虚血性心疾患治療において強固な地位を確立していくことになります。

 

アスピリンの作用機序

 アスピリンはシクロオキシゲナーゼ(COX)の活性部位をアセチル化して不可逆的に阻害します。このため一度不活性化されたCOXは機能しなくなります。しかし細胞内で新しいCOXが次々に産生されるため、アスピリンの作用時間は種々の標的臓器でシクロオキシゲナーゼ(COX)が発現し、置き換わる速度と関連しています。通常の組織ではCOXが次々と産生され、アスピリンの効果は長時間持続しません。しかし核を持たず蛋白合成が出来ない血小板では血小板寿命の間、アスピリンの効果が持続します。このため抗炎症作用を起こさない少量(81100mg)のアスピリンでも血小板ではCOXが阻害され、血小板凝集作用を有するトロンボキサンA2(TXA2)の産生が抑制されます。

 ちなみにロキソプロフェンやイブプロフェンなどのNSAIDCOXを阻害しますが、こちらのCOXへの結合は可逆的であるため、抗血小板作用はアスピリンほど持続しません。

 

アスピリンの血管イベント二次予防効果

 1978年に発表されたCooperative Study(NEJM 1978;299:53-59)以降、二次予防に関しては様々な研究が成されており、心血管病変に対しての二次予防について、アスピリンはその地位を確立しています。

  1992年に発表されたSAPAT試験では、2035例の安定狭心症患者にアスピリンが投与され、対照群と比較して心筋梗塞、突然死を34%減少させました(Lancet. 1992; 340: 1421-1425)

 また2009年に発表されたメタアナリシスATTによると(Lancet 2009; 373: 1849-1860)、アスピリンは心筋梗塞(MI)または脳卒中/一過性脳虚血発作(TIA)の既往を有する患者を対象とした二次予防投与において、対照群に比べて重篤な血管イベントを有為に低下させました{重篤な血管イベント発生率はaspirin6.69/年,対照群8.19/年と,aspirin群で抑制された(RR 0.8195CI 0.75-0.87p0.00001)。出血性脳卒中の増加は認められず,全脳卒中および心血管イベントの抑制が認められました。 またアスピリン投与群の全死亡も低下しました(RR 0.9095CI 0.82-0.99)}

 現在のところ、日米いずれのガイドラインでも、虚血性心疾患の種類(安定狭心症、陳旧性心筋梗塞)にかかわらず、その既往のある患者は血管イベント抑制のため、アスピリンを生涯にわたって投与すべきとされています(急性冠症候群診療ガイドライン他)。また非心原性脳梗塞(アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞)の二次予防でも、日本、アメリカ、ヨーロッパのガイドラインではアスピリンを投与することを推奨しています(脳卒中診療ガイドライン2015 )

 

アスピリンの血管イベント一次予防効果

 二次予防に比べると一次予防は混沌としています。その流れについては、ランセットのレビュー(Lancet 2019;393:2155–67)で詳しく述べられています。

 虚血性心疾患に対するアスピリンの二次予防の確立を受けて、一次予防でもアスピリンが有効かどうかのRCT20世紀の末に行われました(B Med J 1988;296:313-316)(NEJM 1989 1989;321:129-135)(Lancet 1998;351:1755-1762)(Lancet 2001;357:89-95)等。これらの結果では、心筋梗塞の20-40%程度の減少が確認されましたが、脳梗塞には効果がなく、出血イベントは有為に増加しました(Lancet 2019;393:2155–67)。二次予防と違って死亡率は減少しませんでした。このためアスピリンを一次予防で投与するのは、二次予防ほど推奨されず、血管疾患リスクの高い患者には考慮するというものでした。

 21世紀に入り、降圧治療の進歩、スタチン処方の普及、喫煙率の大幅な低下など、心血管リスクの低減に大きな進歩があり、アスピリンの一次予防を再評価する研究が行われました(2008POPADADJPAD)(2010AAA)(2014JPPP)(2018ARRIVEASCENDASPREE)。これらの試験ではアスピリンは心血管イベントに対して効果があまりなく、生命予後を改善せず、出血イベントのリスクが高まるという結果でした。心血管イベント減少効果のあった試験も出血イベントがその分増加するので患者の利益になるとは言い難い結果でした。2018年にNEJMに発表されたASPREE試験に至っては、癌でアスピリン群の死亡率が増加するという衝撃の内容でした。まあこれについては、長期でアスピリンを服用すれば大腸癌が抑制されるという相反する研究もあるので、今後の検討が必要でしょう。

20世紀に行われた一次予防の試験ではアスピリンは心血管イベントを約20-40%低減させていましたが、21世紀になってからの試験ではそれほどの効果はほとんど得られていません(JPPPでのみ非致死的心筋梗塞とTIAHR0.530.57まで低下)。この違いは何なのか、代表的な仮説は喫煙、高血圧、高脂血症などの心血管疾患の危険因子のコントロールが20世紀に比べて改善されたため、一次予防におけるアスピリンが不要になったというものです(Lancet 2019;393:2155–67)。降圧薬やスタチン、禁煙は血管疾患の原因そのものを改善しますが、アスピリンの効果は破綻したプラークの血栓形成の阻害なので、このような仮説が成立します。

 この結果を受けて、各国のガイドラインはアスピリンの一次予防に関して、年代を経るにしたがって徐々にトーンダウンしています。

 

AHA/ACCガイドライン

2002心血管疾患の10年リスクが10%以上の成人にはアスピリンを検討する

  ↓         

201970歳以上の高齢者にはアスピリンを推奨せず、4070歳の成人にはアスピリンを考慮してもよい。

 

ESCガイドライン

2007年 心血管死亡率の10年リスクが高く(SCORE>10%)血圧正常ならアスピリンの使用を検討する。

 ↓

2016年 明白な心血管疾患のない人にアスピリンは推奨しない。

今のところ糖尿病患者や高齢者や高血圧患者など心血管リスクが高いであろう患者においても、一次予防でアスピリンを服用するのは「血管イベントはあまり減少せず大出血が増加するため割に合わない」というのが国際的な流れのようです。