症例は76歳、女性。アルツハイマー型認知症、パーキンソン病の患者さんです。右頸部より中心静脈カテーテルが入っています。某日より39℃台の発熱あり、咳、痰、頻尿、腹痛などの症状はありません。意識状態は変化なし。バイタルは血圧103/73 脈拍70, 整 体温 39.9℃ SpO2 93% (room air)、呼吸数18/分、qSOFA0点。身体所見:lung crackle(-)abdomen tenderness(-)CVA tenderness(-)skin reddness(-)、特に所見らしい所見なし。CVカテ刺入部に発赤、膿などは無し。

 

 CVカテが入っているのでカテ感染が一番危惧される状況です。刺入部に異常はありませんが、もちろんそれだけでカテ感染を除外は出来ません。刺入部の発赤や腫脹、膿などの所見があるのはカテーテル関連血流感染症の10%以下であり、とくにグラム陰性菌の静脈炎は局所の発赤が乏しいと言われています(Clin Infect Dis 1992;15:197-208)

 まあ、最初からカテ感染と決めつけるのもバイアスに囚われていますので、まずは肺炎や尿路感染症など、定番の病気を調べてみます。

 

血液検査所見 WBC13500 CRP1.0 尿検査:混濁(-) WBC 1-4、細菌(-)

 

 論文ではないので省略して提示します。白血球増多が見られるので感染かもしれません。CRPは肝で産生されて上昇してくるのに数時間かかると言われているので、低くてもおかしくはありません。尿が綺麗ですので、腎盂腎炎などは否定的です。

 

胸部X-P(臥位、ポータブル撮影)

 一見すると肺炎のような陰影はないようですが、注意深く探すと僅かに異常があります。

 下に同じ患者さんの約40日前の胸部写真を示します。これと比較するとはっきり分かります。

 上の以前の写真に比べると、下行大動脈の左の辺縁と左横隔膜の内側のラインが途中から追えなくなっています(シルエットサイン陽性)

 これは下行大動脈と左横隔膜に接する部分に、それらと同程度のX線を吸収する構造物が存在することを表しています。肺炎、胸水、無気肺、腫瘍などが鑑別となります。今回のような臨床経過から考えると、肺炎か反応性の胸水が一番疑わしいと思われます。

 順番が逆ですが、改めて胸椎のすぐ左背外側部分の呼吸音を聴診してみると、吸気の全体に渡ってhole coarse crackleを聴取しました。このhole crackleは細菌性肺炎に大して感度83.1%、特異度85.7%と高い数値を示しています(Postgrad Med J. 2008;84:432-436)。背中の音は面倒なのでつい省略してしまいますが、ちゃんと聞かないといけませんね。左側しか聴取せず、右側には聞こえないので生理的なcrackleの可能性は低いと思われます。

 同部分を肺エコーで確認すると、胸水はなく、肥厚した不整な胸膜とmultiple B lineを認め、肺炎で矛盾のない所見でした。

 痰は取れなかったので起因菌は不明でした。スルバクタム/アンピシリンを投与し、第2病日には解熱が得られました。下が発症3日目の胸部X-Pです。

 下行大動脈と左横隔膜のラインがさらに追えなくなっています。病変の広がりがはっきりしてきました。心臓の裏側にある病変は直接は見えにくいですが、シルエットサインという「影の影」を意識すると見ることが出来ます。

 

 右ではなく左ですが、この位置に起こったのは誤嚥性肺炎だと思われます。高齢者の誤嚥性肺炎はこのように症状が乏しいことがあるので、分かり難いことがあると思います。

 もちろんCTを撮れば一発ですが、いつもいつもCTに丸投げでは「芸がない」ですし、被爆も増えてしまいます。ぱっと見て分かりにくくても、聴診と単純X線写真とエコーでどうにかなる症例もあるという話でした。

 

参考文献

1)本当は教わりたかった ポータブル胸部X線写真のよみ方 メディカル・サイエンス・インターナショナル 松本純一 編