91歳、男性。脳出血後遺症(右不全麻痺)、高血圧症のため入院している患者さんです。男性ですが、入院時から尿路感染症を何度か繰り返しています。それ以外は特に問題なく経過していましたが、某日37℃台の微熱と腹痛の訴えあり、触診にて臍下部に拳大の腫瘤を触知しました。腫瘤を圧迫すると臍部から膿の排出が見られました。

 臍下部の圧痛を伴う腫瘤と臍からの排膿は臍蜂窩織炎でもあり得ますが、男性にも関わらず入院時から尿路感染症を繰り返しているという病歴が重なっており、別の疾患を疑いました。男性で尿路感染症を繰り返すのは前立腺肥大などでも説明可能ですが、臍からの排膿と繰り返す尿路感染症を一度に説明できる疾患があります。しかし、ここまで高齢の方に初発するのは珍しいようです。普通はもっと若い方に見つかります。

 

 腹部CTを施行したところ、膀胱頂部から臍部に連続した腫瘤性病変を認め、一部に空洞病変を認め、空気が貯留しており、感染性の尿膜管嚢胞と思われる病変を認めました。周囲には浸潤性の腫瘤病変を認め、一部はS状結腸に浸潤しており、尿膜管癌が疑われる状態でした。

 排膿と疼痛はアンピシリン/スルバクタムの投与で軽快しましたが、癌の疑いについての精査は家人とも話し合いの末、患者が高齢でもあることから行わないこととしました。

 

尿膜管遺残・・・ところで尿膜って何?

 尿膜管は胎生期に膀胱から出て臍帯を通り胎盤に至る管腔構造です。あまり働きはなく、成長と共に自然閉鎖して正中臍索となる痕跡的器官です。尿膜管遺残は閉じるはずの尿膜管がきちんと閉鎖せず、残存した状態です。成人の約2%に認められるという報告もあります。

 尿膜管遺残には、解剖学的には4つの形態があります。

尿膜管嚢胞:嚢胞が正中臍索の真ん中にあり、膀胱にも臍にもつながっていない。

尿膜管瘻 :膀胱と臍がつながっている。

尿膜管憩室:開存部が膀胱につながっているが、臍につながっていない。

尿膜管洞:開存部が臍につながっているが、膀胱につながっていない。

 

 尿膜管は以上のような構造ですが、尿膜とは何でしょうか。多くの医者は聞き覚えがないと思います。筆者も記憶にありませんでした。それもそのはず、尿膜は爬虫類、鳥類、カモノハシなどの卵生生物の器官で、人間には(ほぼ)存在しないからです(発生のごく初期に少しだけ存在しますが、胎盤を持つ哺乳類ではあまり発達せず、すぐ消えてしまいます)

 尿膜は爬虫類以後の卵生生物において重要な器官です。尿膜管を通して膀胱と繋がっており、胚の尿由来の窒素性老廃物を処理し、卵殻を介して尿膜の血管網から酸素を取り込むのがその機能です。哺乳類で言えば胎盤の機能の一部を担っています。

 人間をはじめとした有胎盤性の哺乳類(真獣類)では、尿膜は漿膜と一緒に胎盤へと変化し、ご存じのように酸素や栄養を母体から受け取る役目を果たしています。

 人間でも膀胱から出た尿膜管は臍帯を通り胎盤に繋がっていますが、通常は胎生46週に退化して索状化してしまいます3)。尿膜管は人をはじめとした有胎盤類では、あまり働きのない痕跡的な器官となっています。老廃物の処理は胎盤の血管を通して母体に渡すことで行っていますので、膀胱から出た尿を処理する必要は無いのでしょう。特に働きも無いのに、きちんと閉鎖せずに病気を引き起こすなら、消えてもらった方がよい器官とも言えます。

 

 余談ですが、この尿膜-漿膜から胎盤へ、卵生から胎生への変化は、恐竜時代にネズミのような姿で生きていた我々の祖先に起こったことです。我々の胎盤を作る遺伝子の一つはPEG10と呼ばれていますが、これは恐竜時代の16千万年前、我々の祖先がレトロウイルスに感染したことによってもたらされた可能性があります5)PEG10は我々哺乳類の中でも有袋類や有胎盤類には存在しますが、卵を産む単孔類のカモノハシやハリモグラには存在しません。もちろん胎盤を持たない爬虫類や鳥類にもありません。太古の恐竜時代に、PEG10を持つウイルスに感染した祖先が胎盤を持つ哺乳類となり、感染しなかった祖先が以前のように卵を産む単孔類になったとのことです。ウイルス感染が生命進化の原動力になっている、筆者はただの臨床医なので遺伝子関係はさっぱりですが、この話を知った時は衝撃でした。これを発見したのは東京医科歯科大学の石野史敏教授です。最近NHKの番組5)でも語られていたので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。

 

尿膜管遺残の症状

 通常は無症状ですが、感染を起こすと発熱、腹痛を呈することがあります。臍に開存している場合は臍部からの排膿、膀胱に開存している場合は膀胱炎、尿路感染症を起こす可能性があります。

 

尿膜管遺残の治療

 無症状の場合は経過観察が可能ですが、感染を起こした場合は排膿および抗菌薬の投与を行います。感染は高頻度に再発するため、通常は炎症がおさまった時点で尿膜管摘除を行います。以前は開腹手術で除去していましたが、2014年から腹腔鏡下尿膜管摘除術が保険適用となったそうです。この術式は現在、臍からアプローチを行う単孔式となっており、患者の負担と美容上の問題が少なくなっています。

 

尿膜管腫瘍

 尿膜管遺残から発生する癌が尿膜管腫瘍です。組織学的には腺癌が90%を占めます。ほとんどが膀胱頂部に発生し、膀胱癌全体の0.5%以下と非常に稀な腫瘍です。症状に乏しく、発見時は本症例のように進行していることが多いようです。通常の膀胱癌より局所浸潤傾向が強く、5年生存率は20-40%と予後不良です1)

 

あの有名人もこの病気に

 筆者がこの病気を知ったのは2014年末、フィギュアスケートの羽生結弦選手がこの病気で手術を受けたことを報道で見たからでした。臍から膿とか、こんな病気もあるんだ、と思ったものです。(学生時代に習ったかも知れませんが、全く縁のない病気で、全然記憶にありませんでした。) その後、自分が診ることになるとは思いませんでした。

 2014年から尿膜管遺残の手術は腹腔鏡が保険適用になっていますが、報道を見ると羽生選手は開腹手術を受けたようです。術後は寝返りも出来ないほどの痛みだったそうです。その頃は腹腔鏡が一般的でなかったのか、腹腔鏡では切除が困難な症例だったのかは分かりません。

 この病気は普通、羽生選手のような若い人に見つかることが多いようです。本症例を見たときは年齢があまりに高齢で、違う病気ではないかと思いましたが、臍から膿が、次いで尿が出始めたことから尿膜管の遺残は確実と判断しました。

 

参考文献

1)週刊日本医事新報 No.4995 p45

2)外来診療のUncommon Disease vol.2 p99-100生坂政臣 著

3)日本小児外科学会 臍腸管遺残・尿膜管遺残  http://www.jsps.or.jp/archives/sick_type/saichoukanizan

4)キャンベル生物学 11

5)石野智子, 石野史敏 胎盤の起源に関係するレトロトランスポゾン由来の遺伝子   日本生殖内分泌学会雑誌2007 12:30-32

6)ヒューマニエンス 40億年のたくらみ 「“ウイルス” それは悪魔か天使か」