98歳女性、夕食後に上腹部圧迫感、嘔吐、息苦しさの訴えあり。

BP 110/73pulse 80、不整、 SpO2 98%  心雑音(-) 肺:crackle(-) 腹部:soft,特に所見無し。

 この時取った心電図がこちらです。

 

 ちなみにこちらが7日前に取った心電図です。この時は無症状でした。

  この患者さんは元々心房細動があります。明らかな所見として、V3-V6に新しく陰性T波が出現していました。V2は微妙ですが、以前に比べると減高しており、変化ありとしてよいでしょう。V1は変化ないようです。四肢誘導もよく見るとⅡ、Ⅲ、aVFT波が陰転化しています。Ⅰ誘導もT波が平坦化しており微妙です。分かりにくいですがaVRT波が陽性化しています。異常Q波やST変化は無いようです。 

 四肢誘導とV1を除く胸部誘導に陰性T波が出現ということで、ある疾患を想起しました。心エコーで確認すると心尖部を中心にakinesisとなっており、ほぼ確証を得ました。

 これは「たこつぼ症候群」で間違いと思います。ただし後述するようにrecent MIの可能性も否定は出来ません。ACSの可能性は少ないと思われます。

 たこつぼ症候群の心電図というと、ミラーイメージも異常Q波もないST上昇が有名ですが、急性期を過ぎるとこのような広範囲な陰性T波が所見になります。

 

たこつぼ症候群とは

 たこつぼ症候群とは、心尖部を中心とした左室壁に一過性の無収縮領域が認められ、冠動脈には原因となる器質的な病変を認めない病態を総称する症候群です。 機序として、交感神経緊張の関与・多枝攣縮・微小血管攣縮などの諸説が提唱されていますが、未だに原因は不明です。 1990年に佐藤らが、初めて本症例を報告しており、左室造影像がタコを捕獲する漁で使用する蛸壺の形を連想させることが、「たこつぼ」の名称の由来になりました1)。 海外ではTako-Tsubo cardiomyopathy, apical ballooning syndrome, などとも呼ばれています。

 

 本症は圧倒的に閉経後の女性に多く見られます(女性89.8%、平均年齢66.8)2)。 発症前に、心因的ストレスや、身体的ストレスを認めることが多いのが特徴です。(例:心因的ストレス:感情的な興奮・犯罪被害・近い人の不幸・交通事故・震災など、身体的ストレス:手術後・極度の脱水・全身状態の悪化・脳血管障害後)

 

 この患者さんも、たこつぼ症候群を診断する14日前に、とある腹部疾患で開腹手術を受けていました。

 

急性期の心電図所見

 急性期の心電図所見はSTEMIACSに酷似し、STEMIのようなST上昇が観察されます。ただし対側のミラーイメージはあまり伴いません。また異常Q波の頻度も少ないようです4)。これはSTEMIに比べて心筋壊死量が少ないためと言われています。異常Q波を伴っていても、数日で退行し、R波が再生します。これは気絶心筋との関連が示唆されています3)

 その後、複数の誘導においてT波が次第に陰性化していき、QT間隔の延長がみられます。これらの変化は徐々に改善していきますが、陰性T波は数カ月間持続することがあります。

 初診時にたこつぼ症候群の心電図は、ST上昇時は前壁のSTEMIや急性心膜炎と、陰性T波はWellens 症候群などのACS24時間以上経過したrecent MI(緊急カテの対象にならないので一部で遅れMIと呼ばれています6))、肺塞栓症などとの鑑別が必要になります。

 

 たこつぼ症候群は急性前壁梗塞と比べて4)

・異常Q波を認めないことが多い(42%vs26%, P<0.05)

・下壁誘導のST低下(ミラーイメージ)を認めないことが多い(94%vs51%, p<0.01)

aVR誘導のST低下を認める。

・ⅡⅢaVLにもST上昇が見られる。

ST上昇の分布が異なる(下図)

 たこつぼ症候群はV1ST変化を認めないことが多いです。V1誘導は心室中隔上位心基部に面していて、この部分まで壁運動異常が及ぶことはほとんどないからです。

 V1ST上昇を認めないこと、aVRST低下を認めること、この2つの条件を満たした場合、たこつぼ症候群と診断すると、その感度は91%、特異度は96%となります4)。通常の疾患であれば、なかなかいい数値です。しかしSTEMIが鑑別診断となると十分な数値とは言えません。急性前壁梗塞で、左前下行枝が前壁だけでなく下壁までも灌流し(wrapped LAD)、その遠位部で閉塞した場合、壁運動異常は心尖部に現れるため、その所見はたこつぼ症候群に類似し、心電図でも心エコーでも鑑別は困難であると言われています3)。他にも様々な心電図による鑑別方法がありますが10)、どの鑑別方法も心筋梗塞が相手となると不十分な数値です。100%にするには、今のところCAG(冠動脈造影検査)がどうしても必要になります。したがって、非循環器医が急性期にSTEMIかたこつぼ症候群かで悩む必要はありません。全例をSTEMI疑いで循環器内科にコンサルトすべき、とされています6)9)

 この患者さんは(たこつぼの診断が正しければ)急性期のST上昇時には症状を訴えず、ST上昇は捕まえることができませんでした。STEMIでも高齢者、女性、糖尿病患者は胸痛を訴えないことが多いとされており5)、たこつぼ症候群でも同じことが言えるのかも知れません。

 

急性期を過ぎると陰性T波が出現

 2448時間が経過するとSTは低下し、陰性T波が出現してきます。

 陰性T波は通常、ST変化と並ぶ代表的な虚血性心電図変化です。しかし冠動脈の狭窄だけでなく心室内圧の上昇による心内膜下虚血でも出現するため、原因となる疾患は肺塞栓症や肺高血圧症、左室肥大など多彩です。陰性T波を含む、T波の変化を呈する疾患は内科の教科書に200300は記載されているといわれています7)。このため陰性T波は虚血の所見としてはST上昇やST低下ほどは重視されていないようです。また、若年者は正常で胸部誘導に陰性T波が見られるため、これを異常と取らないよう注意する必要があります。

 前胸部誘導で陰性T波を認める救急疾患として、左前下降枝の急性冠症候群(Wellens症候群と言うらしいですが、循環器の先生に対して知ったかぶって使わない方がいいみたいです。あまりいい顔はされないとのこと6))が挙げられますが、肺塞栓症でも前胸部誘導で陰性T波を認めることがあります。また、たこつぼ症候群でもST上昇後に陰性T波が出現します。いずれの疾患も胸部症状、動悸、息苦しさが類似し、さらに心筋トロポニンの上昇を認めることがあり、診断に苦慮することがあります。

 

 3者の心電図所見では陰性T波の分布が大きく異なり、これが鑑別に有用です8)

 たこつぼ症候群ではV1誘導で陰性T波を認める頻度が低いこと、aVR誘導で陽性T(=-aVR誘導で陰性T)を認めることが最大の特徴です。

 左前下降枝の急性冠症候群ではV3誘導を中心に陰性T波を認めます。たこつぼ症候群と違いかなりの頻度でV1誘導で陰性T波を認めます。またⅡⅢaVFに陰性T波を認めることはほとんどありません。これは左前下行枝が心尖部を回り込んで下壁まで灌流する(wrapped LAD)頻度が少ないからです。

 肺塞栓症の陰性T波は右室の内圧上昇による心内膜下虚血を反映しています。このため陰性T波は心臓の右に位置するV1誘導を中心に左側へ波及していきます。右室から見て左室の向こう側に位置するV5V6まで陰性T波が出現する頻度は少ないと言われています。

 

心エコー所見

 心エコーでは、左室の心尖部から中央部までがakinesisとなり、心基部のみ収縮が保たれるのが典型的な所見とされていますが、この患者さんは心尖部のみ狭い範囲がakinesisとなっていました。心尖部に限局していたのか、急性期からかなり時間が経っているようなので、中央部の収縮は回復したのかも知れません。

 他にもakinesisとなっている左室内に血栓がないか、心基部に圧較差がないかは、注意すべき所見です。

 

発見した場合の処置、予後

 先にも書きましたが、心電図、心エコーから心筋梗塞ではなく、たこつぼ症候群を疑うことはできますが、100%鑑別することはできません。100%鑑別するには基本的に冠動脈造影検査しかありません。また、たこつぼ症候群だと診断されても合併症の監視が必要です。このため原則として、全症例を循環器内科にコンサルトするべきとされています。

 家族があまり積極的な処置を望まない高齢者で、ST上昇がなく、陰性T波が出現している段階なら、急性心筋梗塞でも緊急カテを行う時期は過ぎているので、経過観察してもよいかも知れません。ただし家族には不整脈や心破裂、塞栓症などの危険があることを説明しておくべきです。

 

 本症候群自体の予後は良好であると言われていましたが、欧米のデータでは心原性ショックが12.4%、院内死亡率が3.7%と、急性心筋梗塞と比較して、あまり良いとは言えない数値です1)。死亡の原因で最も多いのは心破裂です。

 心室収縮異常や検査所見は、数週間から数ヶ月で、徐々に回復します。もし、回復しないようであれば、たこつぼ症候群の診断を再検討する必要があります9)

 

その後の経過

 この患者さんは経過観察だけで特に合併症もなく、一カ月後の心エコーでは心尖部のakinesisは消失し、asynergyは見られませんでした。また心電図も陰性T波から通常のT波になっています。

 本症例はおそらく、たこつぼ症候群で間違いなかったと思いますが、CAGをしていないので断定はできません。先に述べたように左前下行枝遠位部の閉塞による心筋梗塞かACSでも矛盾はないと思います。

 この症例は患者が超高齢で家族もあまり積極的な治療を希望していなかったこと、多少症状はありましたが、おそらく緊急カテの対象ではなく(本当は非循環器医が勝手に決めない方がいいですが)asynergyの範囲も小さかったので、循環器科に送るほどではないと判断して、当院でフォローしました。ただし原則は(大事なことなので何度も書きますが)全例を循環器科にコンサルトすべきとされています。

 

参考文献

1)佐藤光 ほか:多枝 spasm によ特異な左室造影像 (ツボ型) を示した stunned

   myocardium.  臨床からみた心筋細胞障害. 化学評論社. (1990) p.56-64.

2)Christian Templin, M.D., Ph.D., Jelena R. Ghadri, M.D., Johanna Diekmann, et al.

    Clinical Features and Outcomes of Takotsubo (Stress) Cardiomyopathy.

    NEJM.2015;373: 929-38

3)エキスパートはここを見る 心電図読み方の極意 三田村秀雄 編 南山堂 2016

4)Masami Kosuge, Toshiaki Ebina, Kiyoshi Hibi, et al. Simple and Accurate

    Electrocardio graphic Criteria to Differentiate Takotsubo Cardiomyopathy From

    Anterior Acute Myocardial Infarction. J Am Coll Cardiol 2010;55:2514-2516

5)Canto JG, Shlipak MG, Rogers WJ, Malmgren JA, Frederick PD, Lambrew CT,

    Ornato JP,Barron HV, Kiefe CI. :Prevalence, clinical characteristics, and mortality

    among patients with myocardial infarction presenting without chest pain. JAMA

    2000 Jun 28;283(24):3223-9.

6)心電図ハンター① 胸痛/虚血編 増井伸高 著 中外医学社 2016

7)Dr.香坂のすぐ行動できる心電図ECG for the Action! 6回 ST低下はどこまで

   信用できる?

8)Masami Kosuge, Toshiaki Ebina, Kiyoshi Hibi, et al. Differences in negative T

   waves among acute coronary syndrome, acute pulmonary embolism, and Takotsubo

   cardiomyopathy. Eur Heart J Acute Cardiovasc Care. 2012 Dec;1(4):349-57.

9)今日の臨床サポート たこつぼ型心筋症

10)来栖 智,. たこつぼ心筋症の診断や治療に心電図をどう活用するか?

    Heart view. 2016; 20:42-9

11)心電図の見方が変わる急性冠症候群 小菅雅美 著 木村一雄 著 文光堂 2015