94歳男性、脳梗塞後遺症、高血圧症で当院入院中の患者さんです。第1病日に38℃台の発熱、右CVA殴打痛あり。血液検査所見:WBC16800 AST35 ALT13 ALP253 LDH423 T-bil1.5 γ-GTP75 BUN14.5 Cr0.72 Na137 K4.6 Cl95、尿:膿様、尿沈査:WBC100以上/1視野、細菌2+。尿路感染症、腎盂腎炎と診断、セフトリアキソン(ロセフィン)2g/×7日を投与し、解熱しましたが、第9病日に再び38℃台の発熱を認めました。

 9病日の症状、身体所見は特記すべき事項なし。薬剤熱、菌交代、肺炎発症などを考え、検査を施行し、血液検査所見:WBC9700 AST220 ALT217 ALP924 LDH259 T-bil2.2 γ-GTP333 、腹部エコーで総胆管9mm、軽度拡張あり、胆嚢やや腫大、壁肥厚は無し、胆嚢内に以前は無かったsludgeがありました。

 あまりきれいな画像でなくて申し訳ありません。Chilaiditi症候群という程ではないですが、肝の前面に腸管が入り込んでいる患者さんなので、肝胆道系がエコーではかなり見えにくい方でした。

 総胆管閉塞による胆管炎と診断し、絶食にてスルバクタム/アンピシリン(スルバシリン)1.5g×2/日を開始しました。

 第10病日に腹部単純CTを施行、胆嚢腫大、胆嚢内結石(-)、総胆管拡張、総胆管に結石を認めました。

 11病日には体温36℃台と解熱し、血液検査所見でもWBC6100 AST68 ALT78 ALP36 LDH462 T-bil1.6 ɤGTP28、と軽快。その後は特に症状はなく、肝機能の数値も正常化しています。

 

 最初はただの総胆管結石、胆管炎の症例だと判断していました。しかし、①数カ月前にたまたま撮っていた腹部エコーでは、胆嚢内はクリアで結石も胆泥もない、②今回のエコーではそれらがいきなり出現していること、③直前にセフトリアキソンの投与を行っていること、④重症化せず自然に近い形で軽快していること、から以下の疾患に思い至りました。

 

セフトリアキソン(ロセフィン)による偽胆石症

 セフトリアキソンCTRX(ロセフィン)は、緑膿菌に抗菌作用を持たない第三世代セフェム系抗菌薬で、大腸菌、インフルエンザ桿菌、肺炎球菌、一部の嫌気性菌など、市中感染の原因となる幅広い菌にスペクトラムをもち、半減期が長く、組織への移行性も良いことから様々な感染症で用いられています。使い易い抗菌薬ですが、今回のような副作用も報告されています。

 

 静脈内に投与されたセフトリアキソン(以下CTRX)はその大部分、8595%が血清アルブミンと結合して存在しているため、半減期が長くなります1)。このためCTRX112gなど、一日量を一回のみ投与で十分な抗菌作用が得られます。CTRXの排泄経路は腎と肝の2系統です。55%が腎から、45%が胆汁中に排泄され、胆汁中では血中濃度の20150倍の濃度となります2)。     

 CTRXはカルシウム塩との親和性が高く、胆汁中に排泄されるとカルシウムと結合して結石を形成します3)この結石は通常の結石とは違い、CTRXの投与を中止することで溶解または自然に排泄し消失するという特徴を持つため、偽胆石と命名されています4)

 

 CTRXによる偽胆石症は、1986年に小児でSchaadらによって初めて報告されました5)。偽胆石症は小児科領域での報告が多かったのですが、成人例も幾らか報告されています6)7)8)

小児では高用量用いた際に、発症頻度は10.146.5%と報告により差異があります。低アルブミン血症、脱水、安静、絶食、腎障害、投与期間の長さ、CTRXの高用量が発症頻度を上昇させるようです9)10)

 成人でCTRXが投与された例で、どの程度偽胆石が生じるのかについては詳細なデータはあまりありません。成人例についてはHeim-Duthoyらの前向き検討によると、CTRX投与で28例中6(21.4%)に偽胆石を認め、発症頻度は小児と同程度と報告されています。また有症状は2(7.1%)の嘔吐でした11)。この研究では起こっていないようですが、そこからさらに今回のような胆管炎、胆嚢炎まで進行する例は少ないと思われます。

 

 胆石と偽胆石の鑑別は画像上困難とされていて、鑑別のポイントはCTRXの投与歴となります。治療方針については、偽胆石では症状を呈することが少ないこと、自然に消失する例が多いことから、基本的に経過観察とすることが多いようです。しかし総胆管への陥頓や膵炎となる症例もあり、緊急性を要する重篤な場合は外科的治療が必要となることもあります12)13)

 予防法としてはCTRXの投与量、投与期間を最低限とし、偽胆石の要因とされる絶食期間を可能な限り短縮、また脱水にならないよう留意することが考えられます。また、ほぼ同じ抗菌スペクトルを持つセフォタキシムCTXを使う方法もあります。セフォタキシムは100%腎排泄のため、CTRXのような偽胆石症の危険は低いと思われます。ただし半減期が短いため、CTRXのような11回投与は出来ません。

 ウルソデオキシコール酸の投与が、偽胆石の排泄促進や疼痛軽減に有用である可能性を示唆する症例報告もありますが、数が少ないため明らかに有用であるとは言い難いです1)13)

  

 CTRXは臨床現場のあらゆる部門で使用されており、CTRXによる偽胆石症はCTRXの添付文書に記載されていますが15)、医師の間で周知されているとはいえません。その理由として、CTRXによる偽胆石症は、通常の胆石症と違い無症状で終わることが多いため、臨床上問題になることが少ないためと思われます。実際、偽胆石症は世界的にも報告が少なく、多くの医師が認知していません。また投与すれば即座に現れるⅠ型アレルギー症状などとは違って、2日~28日程度の時間をおいて現れる8)ため、CTRXが原因と思い至らないためかも知れません。画像上で胆嚢結石を伴う肝胆道系酵素の上昇、腹痛などの症例に遭遇した場合、偽胆石症も念頭に置き、CTRXの投与歴の有無を確認することも必要と思われます。

 

 こんな話を聞くとCTRXの使用が怖くなりますが、実際のところ現場ではそれほど遭遇するものではありません。実際著者も研修医の頃からCTRXを使用していますが、問題となったのはこの症例だけです。CTRXの使用を躊躇う必要は全くないと思います。まあ、どんな優れた薬剤もノーリスクではないということでしょうか。

 

参考文献

1)岡崎哲也, 齋藤貴志, 斎藤義朗. :ceftriaxone投与に伴う偽胆石症を呈した重症心身障害児()の一例 日本重症心身障害雑誌 39;105-111:2014

2)Richards DM, Heel RC, Brogden RN, et al: Ceftriaxone. A review of its antibacterial activity, pharmacological properties and therapeutic use. Drugs 27; 469-527: 1984

3)Park HZ, Lee SP, Schy AL : Ceftriaxone-associated gallbladder sludge. Identification of calciumceftriaxone salt as a major component of gallbladder precipitate. Gastroenterology 1991 ; 100 : 1665-1670

4)Schaad UB, Wedgewood-Krucko J, Tschaeppeler H : Reversible ceftriaxone-associated biliary pseudolithiasis in children. Lancet 1988 ; 2 : 1411-1413.

5)Schaad UB, Tschäeppeler H, Lentze MJ : Transient formation of precipitations in the gallbladder associated with ceftriaxone therapy. Pediatr Infect Dis 1986 ; 5 : 708-710

6)道免和文,山本麻太郎,田中博文,春野政虎,. 下田慎治:セフトリアキソン投与に伴う偽胆石. 症の 1 成人例。肝臓 2016; 57:106-12

7)丹羽真佐夫,栃井航也:Ceftriaxone 投与にとも. なう偽胆石症の 4 例。日消誌 2016; 113: 281-8.

8)石川周, 小松康之: ceftriaxone 投与後に発生した偽胆石症の2。日本化学療法学会雑誌Vol.66 No.6 November 2018:762-765

9)Riccabona M, Kerbl R, Schwinger W, et al.Ceftriaxone-induced cholelithiasis ― a harmless

side-effect? Klin Padiatr 1993; 205: 421-423

10)Palanduz A, Yalçin I, Tonguç E, et al. Sonographicassessment of ceftriaxone-associated biliarypseu-dolithiasis in children. J Clin Ultrasound 2000; 28:166-168

11)Hein-Duthoy KL, Caperton EM, Pollack R,et al. Ap-parent biliarypseudolithiasis during ceftriaxonetherapy. Antimicrob Agents Chemother 1990; 34:1146-1149

12)Famularo G, Polchi S, De Simone C. Acute cholecys-titis and pancreatitis in a patient with biliary sludge associated with the use of ceftriaxone : a rare but potentiallysevere complication. Ann Ital Med Int 1999; 14: 202-204

13)津崎光司,佐田竜一,東 光久,他.感染性心内膜炎に対して長期セフトリアキソン使用後に胆石症を起こし胆嚢摘出術に至った成人男性の 1 例.天理医学紀要 20091275-81

14)友田 , 植木, 齊藤 俊介, 他:薬剤中止により速やかに消失したセフトリアキソン(CTRX)による偽胆石の1成人例。 日本消化器病学会雑誌 110; 1481-1486:2013

15)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00049429.pdf