以前アップした記事ですが、内容が足らなかったので少し書き足します。

 

 入院中の98歳、男性、特に症状はなく、定期の心電図です。毎度おなじみの完全右脚ブロックの心電図ですが、それだけでよろしいでしょうか。

 QRS軸を見て下さい。かなりの左軸変位になっています。そうです、右脚ブロックに加えて、実は左脚前肢ブロックも伴っているのです。右脚ブロック+左脚前肢ブロックの2枝ブロックです。

 

 2枝ブロックとは、右脚ブロックに左脚前肢ブロックか、左脚後枝ブロックを合併した状態です1)2)。普通は左脚前肢ブロックが多いです。左脚後枝ブロックは多くありません。前肢に比べると後枝はプルキンエ線維が太く、また左冠動脈前下行枝と右冠動脈の両方から灌流されるため、障害を受けにくいためです3)

 左脚前肢ブロック、後枝ブロックは四肢誘導の電気軸で診断出来ます。左軸変位になっていれば左脚前肢ブロック、右軸変位になっていれば左脚後枝ブロックと判断できます。ただし左軸偏位、右軸変位を起こす他の疾患がないことが条件です。

 

 しかし、それで満足してはいけません。もう少し見て下さい。よく見ると第Ⅰ度房室ブロックがあります。

「第Ⅰ度房室ブロックなんてよく見るけど、病気なの? 循環器の先生に相談しても『ほっといて下さい』としか言われないよ。」という方、普段はその通りです。

 ですが、この普段は病気扱いされない第Ⅰ度房室ブロック、2枝ブロックに伴う時は少し気にしないといけません。2枝ブロックに第Ⅰ度房室ブロックが伴う時は、最後に残った1枝の伝導にも障害が発生している(かも知れない)ことを示しています。これは3枝ブロック(実はこの用語は推奨されてません。後述します)と呼ばれる状態です。

 

 普通、この2枝、3枝ブロックが心電図クイズとか症例カンファレンスで出て来た時は「完全房室ブロックになりかけ」「見逃してはいけない」という風に書かれている事も多いかと思います。次のアクションも「循環器科にコンサルト」「ペースメーカー挿入」とか派手な事になりがちです。

 でも一方で、「経過観察で」「慌てなくていいです」という書き方をした本もあります。同じ疾患で何やらずいぶん扱いが違うので、やや混乱しますが、これはこの疾患の別々の状態を見ているだけのようです。

 どうも書き手の立場の違いによって「ヤバい心電図だ」と言ったり「大した事ないですよ」と言ったりしているようなのです(実はどっちも正しいです)前者の派手なアクションは救急のドクターの1)5)6)、後者の地味な対応(失礼!)は循環器の先生の心電図本2)4)に多い印象があります。おそらく「そういう状態の」患者さんを見ることが多い結果ではないでしょうか。

 この2枝、3枝ブロックの患者を経過観察した研究がNEJMで報告されています7)。これを見るとこの病気の自然経過が分かります(ただしアメリカ人限定ですが)。この研究はオレゴン州のポートランド退役軍人病院で2枝、3枝ブロックの患者554人を平均42.4±8.5カ月追跡した前向き研究です。これによるとheart block(モビッツⅡ型や高度房室ブロック、完全房室ブロック)を起こすのは年間1%の患者だけで、5年間の累積発生率は4.9%(19)でした。またPR時間が正常な患者とPR間隔が延長した患者の間で、完全房室ブロックの発生率に有意差はありませんでした。

 完全房室ブロックを起こした患者もペースメーカーを挿入されて、完全房室ブロックが突然死の原因になった患者はほぼいませんでした。

 160人の患者(患者の28.9%)が研究中に亡くなり、そのうち86(死亡者の54%)の死亡は突然死ではありませんでした。その原因は慢性うっ血性心不全、慢性肺疾患、慢性腎不全などでした。その他67(死亡者の42%)が突然死でしたが、そのうちの49(突然死の73%)は急性心筋梗塞や頻脈性不整脈が原因でした。

 

この研究で分かったことは、

2枝、3枝ブロックが即、完全房室ブロックやモビッツⅡ型に進展するわけではないということ。

・進展するのは年間せいぜい1%程度。

・ブロックを起こしても、それからペースメーカーを挿入すればほぼ問題ない。

2枝、3枝ブロックの患者は心臓に問題がある場合が多いので、うっ血性心不全や急性心筋梗塞や頻脈性不整脈で亡くなることが多い。しかし完全房室ブロックやその他徐脈性不整脈が死因になることは少ない。

PR間隔は完全房室ブロックやモビッツⅡ型の発生率に関連していなかった(2枝ブロックでも3枝ブロックでも完全房室ブロックやモビッツⅡ型になる率は変わらない)

 

 刺激伝導系が一本しか残っていなくても、意外と完全房室ブロックに進展する可能性は低いようです。2度あることは3度ある、というわけでもないようです。最後に残るのはおそらく左脚後枝ですが、先に述べたように左脚後枝はプルキンエ線維が太く、左冠動脈前下行枝と右冠動脈の両方から灌流されるので、細くて切れやすい右脚や左脚前枝に比べて障害を受けにくいためと推測されます。

 

 有名なフラミンガムスタディでもheart blockへの進展は少ないと結論されています8)2枝、3枝ブロックの544例を42カ月追跡した結果、19例に徐脈による失神が認められ、完全房室ブロックを発症したのはそのうち9例だけでした。

 

 完全房室ブロックへの移行はもっと高率であるという報告もあるのですが、今のところエビデンスレベルの高い上記2つの報告が重視されています。というわけで2枝、3枝ブロックがペースメーカーを必要とするようなブロックに進展する可能性は、それほど高くない、というのが今現在の教科書やガイドラインの立場のようです2)9)

 

 もしも房室ブロックが進展した場合、ペースメーカーの適応になります。日本循環器学会/日本不整脈心電図学会合同ガイドラインでは、2枝、3枝ブロックのペースメーカー推奨レベルは以下のようになっています9)。実物はかなり小難しいので、筆者が勝手にざっくり要約してみました。だいたい合ってると思いますが、鵜呑みにはしないで下さい。

 

無症状なら原則入れない。症状があって房室ブロックが明らかなら当然入れる。

モビッツⅡ型、高度房室ブロック、第3度房室ブロック、交代性脚ブロック(右脚ブロックになったり左脚ブロックになったりする)があるなら無症状でも入れる。

房室ブロックを起こすような薬をどうしても服用しないといけないなら入れる。

2枝、3枝ブロックで失神があるなら、原因が房室ブロックかどうか分からなくてもどっちかというと入れた方がいい。

心臓病があってEPSでヒス束以下の伝導遅延があるなら無症状でも予防的に入れるかも知れない。

 

・・・要約しても小難しいですが、我々非循環器医としては、ペースメーカー適応について細部まで考える必要はないと思います。入院時心電図や健診で2枝、3枝ブロックを見つけても無症状なら経過観察する、たまに心電図を取ってチェックする、症状があれば循環器科にコンサルトする、でしょうか。怖がって何でもかんでも紹介すると、忙しい循環器のドクターに要らない負荷をかけることになります。(付け加えるなら2枝、3枝ブロックの患者は心筋のあちこちにダメージがあることを示しているので、心エコーぐらいはチェックしておいてもよいと思います)

 

 ちなみに、無症状なら経過観察でよい2枝、3枝ブロックですが、 その中でどんな患者さんが完全房室ブロックに移行しやすいのか調べた研究が2010年に発表されています。この研究によると、①失神の症状、②QRS幅が140msecより大きい、③腎不全の存在、④電気生理学的検査でHV>64msec4つが危険因子となっています10)。まあ①があれば紹介でしょう。④はハードルが高いので②と③があれば気を付けてフォローでしょうか。

 

 2枝、3枝ブロックの全体像としては以上のような感じです。全体を見ると房室ブロックに移行する率はそれほど高くはないので、循環器の先生が「慌てなくてもいい」「経過観察で」「まあそれより心臓の他の病気をチェックしといて下さい」と言うのも当然です。

 しかし救急のドクターが見ているのは、もちろん救急外来に搬送されて来る患者です。当然失神など有症状の患者なので、ペースメーカー適応の患者が多いでしょう。なので「見逃してはいけない」「これはヤバい」となるわけです。

 

3枝ブロックについて

 

 3枝ブロックについて少し付け足します。3枝とは刺激伝導系の右脚、左脚前枝、左脚後枝のことです。3枝ブロックと聞いてどんな病態を思い浮かべますか?「刺激伝導系の3つの枝がブロックされてるんだから、当然完全房室ブロックと同じ状態になる」と思われるのが普通だと思います(筆者も最初に聞いた時はそう思いました)。ところが実際は右脚ブロック+左脚前肢か後枝ブロック+PR時間延長なのです。PR時間は伸びてるけど一本の枝で刺激はちゃんと伝導しているのです。これは名称がおかしいです。別に3つともブロックされているわけではないのですから。正確に表現するなら、「不完全3枝ブロック」とか「2枝ブロック+PR時間延長」と表現すべきです。誤解を招きやすい名称なので、3枝ブロックという表現は改めるべきだと考えている循環器の先生もいるようです2)。またAHA/ACCF/HRSなどの学会も、このような用語は推奨しないとアナウンスしています11)。しかしこの呼び名は世界中に広がってしまったので、習慣的に使われているのが現状です。

 わざわざ3枝ブロックと表現するなら、2枝ブロックより重症ではないかと思うのが普通です。しかしどうもこの2つは完全房室ブロックへの進展は、あまり変わらないようです5)。先に述べたNEJMの観察研究でもPR時間が正常でも延長していても、完全房室ブロックへの移行に差はなかったとされています7)。日本循環器学会/日本不整脈心電図学会合同ガイドラインでも2枝、3枝ブロックのペースメーカー適応の推奨に差はありません。3枝の時はペースメーカー挿入をより推奨するということはなく、「2枝または3枝ブロック」でまとめて扱われています。

 そもそも普通の第1度房室ブロックは房室結節の伝導障害が普通です。この部分の伝導障害は自律神経の影響などもあるため、予後不良はほとんどありません2)。循環器の先生に第1度房室ブロックを相談しても「様子観察で」と言われるのはそのためです。

 ですから3枝ブロックと言っても、PR時間の延長は房室結節で刺激の伝導が少し遅くなっているだけなので、2枝ブロックと状態は大差ないことがほとんどです。しかしごくたまに房室結節ではなく、左脚分枝の障害でPR時間が延びていることもあります。この時は完全房室ブロックへの進展の危険が高いとされていますが、体表の心電図では障害部位を区別することが出来ません。区別するには電気生理学的検査(EPS)が必要なのですが、無症状の3枝ブロックの患者さんに循環器の先生がEPSをやってくれるかというと、まあやってくれないでしょう12)。「一瞬気が遠くなった」とか「ぼんやりしていることがある」とかグレイな症状でもあれば別ですが。

 というわけで、3枝ブロックの診断意義と言えば、完全房室ブロックに進展する可能性が2枝ブロックよりも高い「かも」知れない、でしょうか。

 

 最後に冒頭の心電図の患者さんへの次のアクションですが、結論は「経過観察」でよろしいかと思います。理由は「特に症状がないから」です。腎不全はなく、QRS幅も120msecぐらいなのでブロックが進展するリスクが高いとは言えないと思います。

 

参考文献

1)心電図ハンター② 失神・動悸/不整脈編 増井伸高 著

2)心電図のみかた、考えかた[応用編] 杉山裕章 著

3)成り立ちから理解する心電図波形 田中義文 著

4)捨てる心電図 拾う心電図 村川裕二×田宮栄治 著

5)Dr.林の笑劇的救急問答 season12 4回 Advanced ECG2 右脚ブロックのツボ CareNeTV

6)判読ER心電図 実際の症例で鍛える Ⅰ基本編 岩瀬三紀 監訳

7)John H. McAnulty, Shahbudin H. Rahimtoola, Edward Murphy, et al. Natural history of “high-risk” bundle-branch block: final report of a prospective study. NEJM. 1982;307:137-43

8)JF Schneider, H E Thomas, B E Kreger, et al. Newly acquired right bundle-branch block: The Framingham Study. Ann Intern Med. 1980; 92:37-44.

9)日本循環器学会/日本不整脈心電図学会合同ガイドライン 不整脈非薬物治療ガイドライン(2018年改訂版) https://www.j-circ.or.jp/old/guideline/pdf/JCS2018_kurita_nogami.pdf

10)Julio Martí-Almor, Mercedes Cladellas, Víctor Bazán et al. Novel Predictors of Progression of Atrioventricular Block in Patients With Chronic Bifascicular Block Esp Cardiol. 63:400-408, 2010

11)AHA/ACCF/HRS Recommendations for the Standardization and Interpretation of the Electrocardiogram. Circulation 2009 vol 119, Issue 10

12)臨床心臓電気生理検査に関するガイドライン p14 12

13)UpToDate