昨日のブログ、自分の教訓について
(「自分が、自分に、自分の、自分を」を戒めたい)に
ついて、あるブログで、後ろ向きだと指摘されていました。
まぁ、こんなブログですが、そのまま引用する場合には、
一言断って欲しいもんですね。ほめるならともかく、
批判的な意見がある場合には。
この人のブログ、Wikiとか他の人のブログとかは、
引用元書いてあったり、リンクしたりしています。
しかも、ブログではなく、知人が言った言葉として
勝手に変更しているんだよなぁ。
この言葉をみて、よほど、自分のことだとでも思って
過剰に反応したのかなぁ(笑。
もう既にそこに「自分が(持っている考えの方が・・・)、
自分の(方がもっと立派な考え・・・)」の闇に落ちているん
ではないでしょうか。
最後には、勝手なアレンジまでされていて、
前向き風とやらに改ざんまでされていました。。。
(自分が●●したい。自分を●●したい・・・ここを戒めたいのに)
これは、戒め(訓戒)だから、「べからず集」なんだけどなぁ。
戒めを後ろ向きと言うならば、仏典とか聖書は後ろ向きなのか??
長くなりますが、最後に、もう一つだけ。
このブログでは、上記の言葉を引用してコミュニケーションの
重要さとかを論じていました(引用ではなく、感想です)。
その主張は、Eメールではなく、会って話す、電話、手紙の
アナログでのコミュニケーションが大事とのことらしい。
良く聞く話ですね。 用途に応じた使い分けだけなのにね。
相手に伝えるに一番適切な方法をその都度選択すれば
良いだけで、そこに優劣は無いと思います。
(仕事でも、やたら権威をかさに着たい人だけが、その方法に
こだわります。説明に来いとか、メールではどうだとか・・・
多忙を極めるリーダーからは、そんな話は出たことすらもありません。)
しっかりと生の言葉で話したいのであれば、会うのも良し、
電話も良し。また、年賀状にも一言手書きを添える様に、
生の字を大事にするのも良し。
そもそもメールで済む相手ならば、それで充分な訳ですしね。
また、相手からメールで来れば、メールで返すのが基本では??
メールに対していきなり手紙とか、直接とかは
コミュニケーション上なかなか、難しいですね。
(話のながれで、じゃあ会って打ち合わせしましょうとかは、
ありますが。)
そんなに言うのならば、このブログ主も、
今回の引用も、予め一言引用依頼出せば良いじゃない?
と思いました(メールでもコメント欄でもどうぞ)。
方法論以前のレベルの話もありますが・・・
そういえば、昔こういう事がありました。
自分の主張をメールで長文で送りつけてきて、
それに対する説明文を打ったら、いきなり受信拒否。
(長文打って、こちらが読んでる間に急いで受信拒否設定を
したんでしょうな。これぞ正に打ち逃げ。)
仕事でもプライベートでも、この様な対応は生まれて初めて。
当時は、びっくりしました。
後日、その人を知る他の人にも聞いたら、全く同じことが
あったとか。
これは、コミュニケーション以前の社会人として失格ですね。
それとも、電話、直接対話をして来い、ということなんでしょうかね??
だとしても、その人にその方法を指定する資格(法律的な
やり取りをする場合を除いて)があるのでしょうか??
私は、そういう態度の方とは、どんな方法を持っても話合いは
難しいのでは、と思っています。
結局手紙にすれば、誠意がない、会い行けば何だかんだで
相手にするとキリがない。
やれやれ、あやうく私自身が、「自分が、自分の」の闇に
引き込まれるところでした。
最後に、こんな言葉でもお役に立てば、嬉しい限りです。
どうぞ、ご利用ください。