「壊れない心」なんてない
飲食店で見かける、配膳ロボット。
彼らがやってくると、
誰もが吸い寄せられるように
スッと道をあけます。
「おっと!」と微笑ましい空気が
流れることさえあります。
けれど、
同じ場所で「人」が料理を運んでいるとき、
私たちはどうでしょうか。
道をあけるどころか、
避けることすら面倒に感じたり、
時にはぶつかりそうな距離を通ったり。
「物」より「人」が雑に扱われる――。
そんな奇妙な逆転現象が、
あちこちで起きています。
弁償できないものを、私たちは持っている
「機械は壊すと高くつく」という計算が
働くのかもしれません。
でも、考えてみてください。
人だって、壊れます。
肉体が傷つくのはもちろん、
心はもっと脆く、
一度ひびが入れば元に戻すのは
容易ではありません。
店員さんの忙しない足取りの裏にも、
苦手なあのアイスブルーの視線の裏にも、
あなたと同じ「痛み」を
感じる神経が通っています。
「尊厳」という名の仏性
仏教には
「一切衆生悉有仏性
(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という教えがあります。
すべての存在に仏が宿り、等しく尊い。
これは単なる道徳ではありません。
「目の前の相手は、自分と同じくらい
壊れやすく自分と同じくらいかけがえのない
存在なのだ」と認める、
血の通った想像力のことです。
忙しく立ち働く店員さんも、
理解し合えないあの人も、
そして、
日々を懸命に生きているあなた自身も。
そこには、
どんな最新鋭の機械も持ち得ない、
たった一つの「尊厳」という光が
宿っています。
想像力を、もう一度
私たちが誰かを雑に扱ってしまうとき、
その人の向こう側にある「光」が
見えなくなっています。
ロボットに道を譲るその一歩を、
目の前の「人」にも差し出してみませんか。
相手の中に、
そして自分の中に宿る「仏さま」を
そっと思い出す。
その小さな想像力こそが、
ギスギスした日常を、
温もりある景色へと
塗り替えていくのだと信じています。

