子供の頃
お寺の御住職から聞いた話し
僕の人生の中で
大きな影響を受けたお話です
「命日」は本当の誕生日、
では「誕生日」は?
この世に生まれてきた日を
誕生日と言う。
そこには、
ただ生命が宿ったというだけではない、
奥深い意味が隠されている
**「誕」**という漢字には、
一般的に「誕生」
「生まれる」という意味があります。
しかし、「誣誕」という熟語に
使われるように、
「偽り」や「嘘」といった意味合いも
持ち合わせています。
この解釈に立てば、
私たちが生きるこの世界は、
まるで「仮の世界」や
「偽りの世界」のようにも見えてる
「誕(偽りの)」
「生(世界に)」
「日(生まれた)」
私たちは、苦しみ、悩み、妬みが尽きない、
この仮の世に生を受けます。
だからこそ、私たちの本当の旅は、
この世界を去る日に始まるのかもしれません。
「命日」は本当の命が宿る日
人が亡くなった日を命日と書きます。
「命が尽きる日」と
解釈するのが一般的ですが、
この漢字には
もっと深い意味が込められてる
仏教的な思想では、
肉体を離れた魂は、
輪廻転生を経て仏となります。
その観点に立てば、
「死」は終わりではなく、
むしろ「本当の命」が宿る新たな始まりです。
「命日」は、
この世の苦しみから解き放たれ、
仏となって真の命を宿した日。
つまり、
**本当の「誕生日」**と
言えるのではないでしょうか?
私たちは、この世で仮の生を全うし、
命日という本当の誕生日に
向かっているのかもしれません。
だからこそ
辛くても、苦しくても、
この偽りの世界で頑張って
本当に命が宿る日まで
頑張らないといけない!と僕は
解釈して今も頑張ってます

