『七夕の夜』 | 限界の向こう側へ飛んでいけ!

限界の向こう側へ飛んでいけ!

もうダメだ、そんな限界を超えた時に見えてくるものとは・・・


全くもって、すべては、自分の蒔いた種だと言うことは分かっている。


全てを失った今、俺は、何を心の拠り所にして良いのか分からなくなっていた。


3年前、知り合いと始めた携帯電話の販売会社は暗礁に乗り上げ、借金を重ねてギャンブルに明け暮れた。


それからと言うもの、妻と、一人娘の早織が待つ、古ぼけた石神井公園のアパートには寄り付かなくなった。


いや、寄り付けなくなった、という方が正解か。


借金がかさみ、家には金を入れることが出来なかった。


たまに家に帰っても、文句一つ言わない妻の蔑むような視線が痛かった。


家族の生活は、おそらく、妻のパート代と妻の実家からの仕送りで何とかなっていたのだろう。


一度、日中に、妻がいない時間を見計らい、アパートに帰ったことがあった。


壁に貼られた、早織が描いた「パパ」の絵が、胸をえぐった。


にっちもさっちも行かなくなっていた頃に、妻からメールがきた。


「達彦へ

話したい事があります。

7月7日、18:00に、池袋駅西口の噴水で待ってます。

必ず来てください。

詩織」


メールを読み終え、ついにそのときが来たかと観念した。


もはや、俺と詩織との間には愛情の欠片も残っておらず、繋ぎ止めていたのは、一人娘の早織の存在だけだったのだが…。


案の定、指定場所に行くと、早織を連れた妻から、離婚話を切り出された。


埼玉の実家に帰るのだと言う。


俺には、彼女達を引き留める術を何一つ持ってはいなかった。


中学1年になり、妻の若い頃の面影を出し始めていた早織は、目には涙を溜めながら、表情を変えず、俺を睨んでいた。


離婚は、すぐに受け入れた。


借金取りに追われ逃げ回っていた俺は、ハンコを持ち歩いていたので、妻が持ってきた離婚届けに署名し印を押した。


それで、俺達は、家族で無くなったんだ。


あれから、3年が経った。


俺は、池袋駅の西武の屋上に上がり、夕暮れ迫る空を見上げていた。


今日は、曇り空。


いや、晴れ渡ったところで、天の川は見えないだろう。



「パパな、毎年、7月7日18:00に西武の屋上で、早織を待ってるから」


3年前、別れ際に、早織にそう呟いた。


西武の屋上は、早織が小さい頃に何度も訪れた思い出の場所だった。


「もう、私たちの前に顔を出さないで」


妻にそう強く言われた俺は、それでも、早織にそう呟くくらいの権利は有るんじゃ無いかと思った。


来るか来ないかは、早織自身が決めれば良いことだ。


あれから3年。


去年と一昨年は、早織は来なかった。


今年来なかったら…。



夕暮れ迫る曇り空。



小さい頃の早織と一緒に座って景色を眺めたベンチに座り、目を閉じた。


池袋の喧騒が遠くなって行く。


中一だった早織は、もう、高校生になっているはずだ。


俺に、早織は分かるのだろうか。


あれから、3年が経ち、自分の愚かさを噛みしめてきた。


俺は、早織に謝りたかった。


時計を見ると、18:20を回っていた。


いつのまにか、家族連れが減り、高校生のアベックや、社会人のカップルが回りのベンチを占めていた。


夕暮れ時の空は、オレンジ色に染まりかけていた。


こうして、俺は、自分の犯した過ちの罪を償わねばならないのだろうか。


涙が溢れ、自分の愚かさを悔やんだ。


その時だった。


誰かが、俺の肩を、優しく、控え目に、つついた。



いくら晴れ渡ったところで、池袋の夜空には、天の川は現れない。



それでも。




夕暮れ迫る曇り空。




今年は、織姫が現れてくれた。



有り難う。



そして、ごめんな、早織。




~~fin~~



*この物語は、2010年7月7日に掲載したものに若干手を加え、再掲載したものです。


*この物語は、全てフィクションであり、実在する、個人・団体とは、一切、関係はありません。