金のシューズ、銀のシューズ | 限界の向こう側へ飛んでいけ!

限界の向こう側へ飛んでいけ!

もうダメだ、そんな限界を超えた時に見えてくるものとは・・・


5月も終わりだと言うのに、富士山には残雪が多く残っていた。

そんな残雪の冷気を携えた吹き下ろしの風が、未だ火照りが冷めない僕の背中を軽く撫でた。

レース中の喧騒が嘘のように静まっていた、山中湖湖畔の溶岩石に膝を抱えて座り、僕は、ぼんやり夕暮れ時を迎えた山中湖の湖面を眺めていた。

(やっちまったな)

僕は、立ち上がり、ちょうど蹴りごろの石を見つけては、湖面に向かって蹴っていた。

(ポチャン)

どれも、溶岩が冷えたものなので、大きさの割には、重量がない。

また蹴りごろの石を見つけたので、今度は遠くへ飛ぶように、思い切り足を振り抜いた。

その時だ。

スポッ

(あぁぁっ)

僕の振り抜いた右足は石に当たらず、ランニングシューズが足から抜けて、遥か彼方へと飛んでいった。

(ぽっちゃ~ん)

踏んだり蹴ったり、とは、まさにこの事だ。

なけなしの小遣いで買った、型落ちの安物のシューズ。

でも、大事な相棒だったんだ。

途方に暮れる僕は、その日から働く事になっていた、山中湖湖畔のペンションに戻らねばならなかったのだが、片足裸足では、帰れない。

その時だ。

シューズが沈んだ湖面辺りに大きな気泡が、ブクブクと湧き出しているのが見えた。

涙で霞んだ目を擦りながら、さらに凝視していると、何やら仙人の様な装いの老人が浮かび上がってきた。

後ず去ろうとして、後方に転んだ僕は、唾を飲み込み、声を出そうとしたが、声が出ない。

「あぅ、あ、あ・・・」

眉毛を釣り上げた、長髪、白髪のその老人は、湖面に浮かび上がりながら、僕に問いかけた。

「湖面に、石を蹴りつけ、オマケに汗臭いシューズを投げつけ、ワシのうたた寝の邪魔をしたのは、おぬしか?」

「あっ、はい、すみません、本当にすみません。申し訳有りませんでした、貴方が下に居るとは露知らず・・・ゴメンなさい」

取り敢えず、おっかなかったので、心から僕は詫びる事にした。

「そうか、ワザとワシを怒らそうとしたワケでは無いのだな。それでは仕方ない。・・・・ところでおぬし、片方の靴が無いようじゃが、それでは今後困ろうの」

「はい、困るんです。こんな事を言う立場には無いかもしれませんが、僕が落とした靴を返しては頂けませんか?」

「おー、そりゃそうじゃな。ちょっと待っておれ」

再び、その老人が湖へと消えていき、数分と経たないうちに上がってきた。

「おぬしの靴は、これかの?アディゼロ TAKUMI REN と言うものらしいがの」

「えぇっ?アディゼロ?」

(いつか、履いてみたいと思ってたやつじゃん、でもな、嘘はいけない)

「いえ、僕のはそれじゃ有りません。もっと白いシューズなんです」

「そうか、おかしいのぅ、待っておれ」

そう言って、再び湖に沈んだ老人が別のシューズを持って出てきた。

「おぬしの靴は、これ、ターサーブリッツ3と言うやつかの?」

(あぁ、asicsユーザーの僕が、いつかは買いたい、ターサー!いやいや嘘はいかん)

「いーえ、違います。ぼくのは、型落ちのライトレーサーなんです」

そう正直に話すと、その老人は、にっこり笑って、答えた。

「なんて正直な若者じゃ。おぬしの靴は、これであろう」

そう良いながら、身体を覆う布の中から、僕のシューズを出してくれた。

「おぬし、PBとやらを出せずに、怖いオジサンに脅され、地元に帰れないようじゃが、どうじゃろう?」

「どうじゃろう?とは?」

「わしらの世界では、おぬしの様な正直者をPure Boy=PB、と呼んでおる。おぬしは見上げたPBじゃ。胸を張って地元に帰るが良い」

「本当ですか?有難うございます。胸を張って帰ります」

「そうするが良い。ところで、正直なおぬしに、このアディゼロ、ターサーもくれてやろう。今後も精進するのじゃ。また、来年、ここで会えるのを待っておるぞ、わっはっは」


そう僕に告げたその老人は、右足だけのアディゼロ、ターサーを残して、ブクブクと湖面に消えて行ったのだった。


そんなワケで、めでたく、地元に帰って参りましたので、今日からまた、お仕事、ランに頑張ります!


~~~~fin~~~~

<お断り>
このお話は、「地元に怖いオジサン」がいる点を除き、全てフィクションです。



・・・レースレポ?


気が向いたら、また後で?