富岡に生まれ育って、はやウン十年!
上町、横町、宮本町?中町?下町、瀬下、三町通り?とにかく長く暮らしている割には、富岡の地名さえおぼつかない。
そんな時に、富岡学の募集を見て飛びつきました
何回目かの講座のあとに、最後には何かを発表してもらいますと言われ、えっ!私に何が発表できるのだろうと悶々と悩みに悩みました。
両親の実家に帰省する際にいつもお土産として持って行ったものが、松屋本店の「かぶらの里」でした。薄皮で中のあんこが透けてみえ、上に胡桃が乗っているお菓子で、父母両実家で大人気のお菓子でした。もちろん私も大好き。
しかし今は、もうそのお店は無い。
思い出してみると、清水堂の酒饅頭、一進堂の鉱泉まんじゅう、松伊堂の葡萄焼きなどなど、懐かしいお店が何軒も無くなっている
そんなノスタルジックな思いで、今回のテーマを決めました。
調べ物なら図書館。
井上政一さんの著書を探し出しました。表①は井上さんよりも前の方の研究で、調べられたもので、江戸後期、明治を経て、昭和の富岡町の人口の推移を表したものです。
図①は、主に富岡町の四町で、昭和初期のものと思います。上町、横町、仲町、下町(瀬下)となっています。
明治後期頃の商店街は、下町から順次盛衰を繰り返し、そして、仲町、横町、上町が中心になっていったようです。表②の左側の明治37年の商店舗は、49年当時の商店街の全身としてすでに形成されていました。明治37年の群馬県営業便覧に乗っているそうです。表②の右側は、井上さんが、昭和49年に、図①の範囲にある、全商店に対して、創業年代、創業者の出身地、取り扱い商品などを個別面接、アンケートを実施調査をしたものです。回答されたのは、6割強だったそうです。とてもエネルギーのいる調査だったと思います。なお下町は、明治初期を頂点として衰退の一途をたどったので、調査からは除外、裏通りも除外したので、上町、横町、仲町の商店舗だけになりました。
私は、ここの、表②の菓子店に注目しました。
まず、私も1970年(昭和45年)から現在までの富岡市(妙義を含)の人口の推移を調べ、日興出版の住宅地図やゼンリンの住宅地図、Googleの検索などを基に、上町、横町、仲町はもとより富岡市全地域の和菓子、洋菓子、パン屋に分けてそれぞれを拾い出しました。それが表③です。
なお駄菓子屋さんについては、地図にも載らず、個人で経営されていた方が多く、数えきれませんでした。今回協力頂いた富岡製菓組合の組合長の石井さんにも、伺ってみたのですが、駄菓子やさんは、色々な場所にあり、特定するのは、難しいでしょうねと言われ断念。5円10円の世界で、クジや駄菓子、もんじゃ焼きなど子供にとっては、楽しい場所でした。
戻りまして表③を見ると、年代別に菓子店舗数がありますが、その下に人口1000人に対しての菓子店舗数のパーセントも載せました。1970年が0.726%となりピークになっています。その後は、0.5%前後で落ち着き、あまり変わっていませんでした。人口に対しての菓子店舗の数が、あまり変化してないと言うことです。
しかし調べていくうちに、和菓子屋、洋菓子屋、パン屋の比率が、変化していることに気がつきました。
1970年は、お菓子屋さん全体では、和菓子屋さんが約9割を占めていましたが、55年後の2025年には、和菓子屋さんが5割、洋菓子屋さんが2割、パン屋さんが3割と、様変わりしていました。
軒数の下にあるパーセントで、お分かりになると思います。
駐車場の有無や家族体系、好みの変化などが影響してるのでしょうか?
沢山の地図を調べていくうちに、地名もほぼ分かりました。そして宮本町の呼び方の由来を組合長の石井さんにお聞きした所、諏訪神社の前の道路なので、宮本町と呼ばれる様になったと言うことでした。
さて、自分の思い出のお店を少し、紹介したいと思います。今の様にカメラが身近ではなかったので、残念ながら映像が私の頭の中にしか残っていません。
松屋本店さんのかぶらの里は、冒頭でお話ししました。
清水堂の酒饅頭
ご夫婦で営んでいて、上町のバス停のところにありました。ショーウィンドウが湯気で曇っていて、ふかしたてのお饅頭がたくさん重なっていました。とても大きくこし餡でした。
ゴーマンタムラ・吾妻堂
ほぼ同時にオープンした富岡のパン屋さんだと思います。みるものどれも美味しそうで、4時のパンと言って、その時間にならないと買えないパン、丸いパンで中に生クリームの入ったもの、みたことのないパンばかりで、目がキラキラしたのを覚えています
一進堂の鉱泉まんじゅう
ここもご夫婦で、作っていました。黄色い重曹?のきいたお饅頭で、粒あんでした。懐かしい味のお饅頭で、家から近いこともあって、よく買っていました。
松伊堂のぶどう焼き
ぶどうの形してるので、ぶどう焼き。
皮は、浅草の人形焼の皮に似ていますが、それよりは少し薄く、粒あんが沢山入っていました。私は、浅草の人形焼よりこちらが断然好きでした。いつも何人か待っていて、前橋から買いに来られたかたもいました表④
1970年の菓子店をあげて終わりにしたいと思います。
富岡の横町、銀座、西銀座辺りのお店
吾妻堂 パン屋さん
松屋売店 後にゴーマンタムラ
花見せんべい
きりのや製菓
風柳菓子店 三色団子
ひともとや 今はカラオケ屋さんかな?
田島や 葛湯のまゆこもり
稲田菓子店
一進堂 鉱泉饅頭
松伊堂 ぶどう焼き
上町
ほていや
松屋本店
清水堂
菓子店三川屋
石田菓子店
あんこや
富岡駅近く
並木だんご
白石せんべい
七日市
原田製菓 パイナップルクリームの入った繭の形 のマシュマロ
落合菓子店
富光堂分店
藤川屋
堀製菓店(西小となり)
小島屋 甘納豆やさん
石田商店 大福
大正堂 富高まえ
仲町
扇屋ベーカリー
扇屋
水月堂
一ノ宮
富光堂 食パンのサンドウィッチで、ピーナツクリー ムやいちごジャムなど
以上です。
皆様のお気に入りの懐かしいお菓子屋さんは、ありましたでしょうか?
有難うございました。
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