ハイパフォーマーのメンタルを身につける部屋

ハイパフォーマーのメンタルを身につける部屋

人生・仕事・メンタルのパフォーマンスUPの為に何を×どうしたらいいのか?幸せに働き、成果を出すためのヒントを綴っています。

こんにちは。仁です。

 

 

孤独と聞くと、
一人暮らしの人を想像するかもしれません。

 

でも、もしかすると一番つらい孤独は、

 

「家族がいるのに、孤独を感じること」

なのかもしれません。

 

最近、「家庭内孤立」という言葉を目にして、少し考えさせられました。

 

思い返せば、この問題は最近始まったものではない気がします。

 

私が子どもの頃、父は仕事と酒に明け暮れていました。

 

家族を養うために一生懸命働いていたのだと思います。

 

でも、子どもの私から見ると、
父だけが家族の輪から少し離れた場所にいるように感じていました。

 

今になって思うのは、

家庭内孤立は、単に「会話が少ないこと」ではない

ということです。

 

たとえば、ほとんど会話がなくても、
家族でリビングに集まって同じテレビを見て笑う。

 

それだけでも、「自分はこの家族の一員だ」
という感覚は生まれます。

 

逆に、

 

「明日何時?」
「ゴミ出しておいて」
「学校どうだった?」

 

と毎日会話していても、
それが用件だけなら、心はつながっていないこともあります。

 

つまり大切なのは、会話量ではなく、「家族との心理的な接続感」

なのではないでしょうか。

 

そして現代は、昔より少し複雑です。

 

 

家族全員が同じリビングにいる。

 

でも、

父親はYouTube。
母親はSNS。
子どもはゲーム。

 

物理的には近いのに、
全員が違う世界を見ている。

 

昔が「家にいない孤立」だとすれば、
今は**「家にいるのに孤立」**が起こりやすい時代なのかもしれません。

 

家族がいることと、
家族とつながっていることは違う。

 

では、家族とのつながりを保つために必要なものは何なのか。

 

私は今回、「時間」「感情」「関心」

という3つの視点から考えてみました。

 

特に、

「家族の予定は知っている。でも、家族の感情は知らない」

という状態には、少し注意した方がいいと思っています。

 

家族だから、わかっている。

 

そう思っている時ほど、意外と相手のことを知らなくなっていることがあります。

 

あなたは今、
家族が最近何に悩んでいるか知っていますか?

何を楽しみにしているか知っていますか?

 

そして、自分自身は家族の中で心を開けているでしょうか。

この続きは、メルマガ本編で詳しく書いています。

 

家庭内孤立を防ぐために必要なのは、大げさなイベントではありません。

 

むしろ、毎日の小さな接点なのだと思います。

 

家族という「縁」を、どう育てていくか。

一度、自分の家庭を振り返るきっかけにしてもらえたら嬉しいです。

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

あなたの日常に、ひらめきと感動を。
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こんにちは。仁です。

 

今日は「自分にとって、なぜ一日一善が大切なのか」

というお話です。

 

 

善行とは、
自分以外の誰かのために、
自分の時間や労力を少し使うことです。

 

困っている人に声をかける。
誰かの仕事を手伝う。
家族のためにひと手間かける。
落ちているゴミを拾う。

 

そんな小さなことで十分です。

 

仏教では、こうした行いも精進につながる尊い実践とされています。

 

精進というと、
ただ一生懸命努力することのように聞こえますが、
本質は、自分中心の欲や執着から少し離れて、
より良い行いを積み重ねていくことでもあります。

 

誰かのために動くと、
「自分が得したい」
「自分が認められたい」
 

という意識から、少し離れることができます。

※イメージがつきにくいと思いますが、これは実際にやってみて初めて実感できることです。

 

その積み重ねが、
自分の中の執着を少しずつ軽くしてくれる。

 

今は、効率や成果、自分の得を優先しやすい時代です。
 

だからこそ、一日に一度だけでも、
 

自分以外の誰かのために動く時間を持つ。

 

それは相手のためであると同時に、
自分の心を整える時間にもなるのです。

 

一日一善。

 

今日ひとつだけ、
誰かのために動いてみませんか?

 

その小さな行いが、
自分の中の貪欲や執着を手放す一歩になるかもしれません。

 

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。

 

今回は、「あなたの時間、知らぬ間に奪われてます」という話です。

 

 

少しだけスマホを見るつもりだった。
 

でも、気づけば30分。

 

しかも、何を見ていたのかあまり覚えていない。

 

そんなこと、ありませんか?

 

今、私たちは想像以上に
「時間」と「注意力」を奪い合われる時代に生きています。

 

SNS。
ショート動画。
ニュース。
ゲーム。
通知。

 

サービス提供者側からすれば、
あなたが1秒でも長く画面を見てくれた方がいい。

 

だから、次から次へと刺激がやってきます。

 

問題なのは、
「自分で見ると決めた時間」よりも、
なんとなく見続けてしまう時間が増えていることです。

 

しかも、本当に失っているのは30分や1時間だけではありません。

 

その時間で、
本を読めたかもしれない。
 

家族と話せたかもしれない。
 

運動できたかもしれない。
 

これからの自分について考えられたかもしれない。

 

つまり奪われているのは、
未来をつくる時間でもあります。

 

だから私は、SNSをやめるべきだとは思いません。

 

大切なのは、

使っているのか。
それとも、使われているのか。

 

この違いです。

 

最近は「ドパガキ」という言葉まで生まれています。
常に次の刺激を求め、何もしていない時間に耐えられなくなる状態を皮肉った言葉です。

 

でも、これは若者だけの話ではありません。

私たち大人も、十分にそうなる可能性があります。

 

では、どうすれば自分の時間を取り戻せるのか。

 

実は、難しいことをする必要はありません。
 

まずはスマホとの付き合い方を少し変えるだけです。

 

今回のメルマガでは、
**「時間を奪われないための3つの習慣」**と、
自分の24時間を見直すための簡単なワークについて書きました。

 

時間は、お金以上に取り戻せない資産です。

 

あなたは今日、
自分の時間を使っていますか?
それとも、誰かに使われていますか?

 

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。

 

 

「言ったのに動かない」
「何度伝えても変わらない」
「最近の若手は主体性がない」

 

管理職になると、ついついこのような愚痴が出がちだと思います。

 

 

でも、少し厳しい見方をすると、
部下が動かない原因を、全部部下側に置いてしまった瞬間に、自分自身の成長は止まります。

 

 

伝え方はわかりやすかったか。
目的まで共有できていたか。
任せた後に放置していなかったか。
失敗しても大丈夫だと思える空気をつくれていたか。

 

そう考えてみると、上司側にできることは意外と多いものです。

 

もちろん、部下本人に課題がある場合もあります。


でも、相手を変えることはできません。

 

変えられるのは、自分の関わり方だけです。

 

だからこそ、「なんであいつは動かないんだ」ではなく、

「自分は、相手が動ける環境をつくれているだろうか」

と問い直してみる。

 

指示を変える。
任せ方を変える。
聞き方を変える。
期待の伝え方を変える。
自分の態度を変える。

 

矢印を相手に向け続けるより、
一度、自分に向けてみる。

 

これは、自分を責めるという話ではありません。

自分でコントロールできる部分に集中するということです。

 

部下が動かないと感じたときほど、上司の力量が問われています。

 

相手のせいにして終わるのか。
それとも、自分にできることを真剣に考えるのか。

 

その差が、チームの成長を大きく分けるのです。

 

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。

 

先日、仕事で中国に行ってきました。

現地でふと気になったのが、小学生の送り迎えです。

 

今回は箸休めネタに「中国と日本の送迎事情」とその背景についてお伝え出来たらと思います。

 

 

中国でも、日本と同じように小学校は徒歩圏内にあります。

でも大きく違うのは、年齢に関係なく、ほとんどの家庭で親や祖父母が送り迎えをしていること。

 

最初は、
「中国は家族の結びつきが強いからかな」
くらいに思っていました。

 

でも、現地で街を歩いていて、その理由が少しわかりました。

 

中国は今や完全な車社会です。

 

そして、出張で訪れるたびに毎回驚かされるのが、運転の荒さや交通ルールのルーズさです。

割り込みやパッシングは当たり前。

 

一度の出張期間中に必ず一度は事故現場を目にするほどです。

 

今回、特に「これは危ないな」と感じたのが、
歩道を電動スクーターがかなりのスピードで走り抜けていく光景でした。

 

歩行者のすぐ横を、音がしないバイクが普通にスッと抜けていく。

 

現地の人に、

「子どもが歩いていたら危なくないですか?」

と聞いてみると、

 

「これは中国では普通ですよ。だから子どもは一人では外を歩けないです」

と言われました。

 

なるほど……。
それなら、送り迎えが当たり前になるのも納得です。

 

日本では、小学生が一人で歩いて学校へ行く光景は珍しくありません。

 

でもそれは、子どもがしっかりしているからだけではなく、
交通ルールや社会のマナーによって、子どもが一人でも歩ける環境があるからなのだと気づきました。

 

 

もちろん中国にも良いところはたくさんありますし、地域差もあると思います。

 

ただ今回の出張では、少なくとも交通マナーという点では、まだ課題が大きいなと改めて感じました。

子どもの送り迎えという何気ない習慣ひとつにも、
その国の社会事情が表れている。

 

海外に行くと、日本では当たり前すぎて気づかなかったことに、改めて気づかされます。

 

子どもが一人で安心して歩ける。

 

それって、実はすごくありがたいことなのかもしれません。

 

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。



今日は「余白がある人はなぜ魅力的なのか」というテーマで書いてみます。




一緒にいると、なぜか落ち着く人っていますよね。



話していると、こちらまで少し整う感覚が持てる人。



そういう人には、どこか余白があります。



すぐに否定しない。

急かさない。

自分の話ばかりしない。

相手の言葉を、ちゃんと待てる。



その余白が、相手に安心感を与えるのだと思います。



逆に、いつも忙しそうで、

余裕がなくて、

すぐに結論を出そうとする人の前では、

こちらも少し身構えてしまいます。



人の魅力は、何かをたくさん持っていることだけではありません。



知識がある。

実績がある。

話がうまい。

それも確かに魅力です。



でも、それ以上に人を惹きつけるのは、

相手が安心していられる空気なのかもしれません。



余白がある人は、

自分を大きく見せようとしません。

すべてを埋めようとしません。

沈黙すら、少し大切にできます。



だから、一緒にいる人も自然体でいられる。


魅力とは、足し算だけでつくられるものではありません。



引き算によって生まれる魅力もあります。



言いすぎない。

抱えすぎない。

飾りすぎない。



その人の中に余白があるから、

人が入ってこられるのです。



あなたには、どんな余白がありますか?


どのような余白を持った人になりたいと思いますか?



今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。

 

今日は「繋がる」をテーマで書いてみたいと思います。

 

 

たくさんの人に囲まれているのに、
ふと、ひとりぼっちのように感じることってありませんか?

 

 

駅のホームで、みんながスマホを見ている。
職場では会話をしているのに、どこか心は遠い。
家に帰っても、何となく誰にも本音を話せない。

 

そんな日が、誰にでもあると思います。

 

でも、本当に私たちはひとりなのでしょうか。

 

朝飲んだコーヒー。
それを淹れてくれた誰かがいる。

 

使っている電車。
動かしてくれている人がいる。

 

何気なく届いた「おつかれさま」の一言。
その言葉に、少し救われることがある。

 

普段は見えないだけで、
私たちの毎日は、たくさんの人やものに支えられています。

 

仏教には、自他一如という言葉があります。
自分と他人は、まったく別々の存在ではなく、
深いところでは繋がっているという考え方です。

 

これは、ただのきれいごとではありません。

 

誰かに冷たくすれば、
相手だけでなく、自分の心も少し荒れます。

 

誰かにやさしくすれば、
相手の表情がやわらぎ、
その空気で自分の心も少し温かくなります。

 

人との関係は、一方通行ではありません。
自分の言葉も、表情も、態度も、
小さな波のように周りへ広がっていきます。

 

もちろん、人と繋がることは、楽しいことばかりではありません。
 

面倒なこともある。
傷つくこともある。
距離を置きたくなることもある。

 

それでも、人は完全にひとりでは生きられません。

 

誰かに支えられ、
誰かを支え、
知らないうちに影響を与え合いながら生きています。

 

そう思えるだけで、
少し心がやわらかくなる気がします。

 

自分ひとりで全部抱えなくていい。
誰かに頼ってもいい。
そして、自分もまた、誰かの小さな支えになれる。

 

繋がっているという感覚は、
孤独を消す魔法ではありません。

 

でも、
「自分は孤独なわけではない」
と思い出させてくれる、大切な感覚なのだと思います。

 

あなたは、何と繋がっている感覚を持てていますか?
誰と繋がっているという感覚を持てていますか?

 

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。

 

 

「この人と話すと、少し前向きになれる」

 

あなたにはそんな人がいますか?

 

何か特別なアドバイスをもらうわけではない。

問題を解決してくれるわけでもない。

 

それでも、その人と話した後は、

「もう少し頑張ってみよう」

「自分も人に優しくありたい」

と思える。

 

それが、善き縁なのだと思います。

 

善き縁というと、

自分を助けてくれる人や、

仕事を運んできてくれる人を想像するかもしれません。

 

でも、本当の良縁は、

自分に得をもたらす人とは限りません。

 

ときには耳の痛いことを言われたり、

自分の未熟さに気づかされたりすることもあります。

 

それでも、その人と関わることで、

自分の中にある良い部分が引き出されていく。

 

誠実でありたい。

挑戦する人でありたい。

人を大切にできる自分でありたい。

 

そう思わせてくれる人との出会いは、

人生における大きな財産です。

 

人は、自分が思っている以上に、

周りにいる人の言葉や空気から影響を受けています。

 

愚痴ばかりの場所にいれば、

いつの間にか自分も不満が増えていく。

 

前向きに挑戦する人のそばにいれば、

「自分にも何かできるかもしれない」と思えてくる。

 

だからこそ、

どんな人と過ごすかは大切です。

 

ただし、良縁は待っているだけではなかなか訪れません。

 

わざわざ、時間とお金をかけてでも、会いたい人に会いに行く。

気になる集まりに参加してみる。

疎遠になっている人に、自分から連絡してみる。

 

少しだけ行動範囲を広げることで、

触れられる縁も変わっていきます。

 

そして、もう一つ忘れてはいけないことがあります。

 

善き縁を求めるだけでなく、

自分も誰かにとっての善縁になることです。

 

話した後に、少し元気になれる人。

挑戦する勇気を与えられる人。

困ったときに思い出してもらえる人。

 

そんな自分であろうとすることが、

次の善き縁を連れてきてくれるのだと思います。

 

特に子を持つ人には、自分が子供にとっての善き縁になることを自覚する事です。

子供は家庭環境によってどんな人間に育まれるのかが決まります。

 

 

最後に、あなたが「出会えてよかった」と思う人は誰ですか?

 

その人は、あなたの何を引き出してくれましたか?

 

あなた自身は今、誰かの善き縁になれていますか?

 

 

今日はここまで。

ありがとうございました。

 

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こんにちは。仁です。


今回は夏休み編。


お盆休みを利用して、長野県は飯山市、戸狩温泉に家族で訪れています。


自然豊かな山の中にある静かな温泉宿で、ゆったりと過ごす時間は他の何にも変え難い贅沢な時間。


山菜やキノコ類を使った郷土料理は、どんな高級料理よりも贅沢な食事と言えるでしょう。


日中、セミの鳴き声が永遠と聞こえる中で時折、隣の弓道場から弓をいる音が風流さを感じます。


頭を空っぽにしたい人におすすめな田舎暮し体験です。








こんにちは。仁です。



あなたは信号を渡る時、青信号であっても左右の確認をしてから渡るタイプですか?


それとも青なら特に気にせずに前だけを向いて渡るタイプですか?



今日の結論は、前者タイプになろうねって話です。



あなたも経験があると思いますが、中には赤信号で突っ込んで来る車というのが実際にあります。


もし、左右を確認せずに歩き出した瞬間に暴走した車が突っ込んできたとしたら、、、。


この時、赤信号で突っ込んできた車が悪いと主張しても時既に遅しなのです。


だから、究極自分の身は自分で守ろうねって話です。



仕事でも同じようなシーン、ありますよね。


こちらは決め事を守り、やるべき事をやっている。

だけど、他の工程の誰かがミスをしたが為に全体がダメになってしまった。とか。


自分がちょっと気を利かして確認をしていれば。

等と言うシーンはよくあることだと思います。



最近特に怖いのはながら歩きの増加です。


例え、2列目で信号待ちをしていたとしても、目視確認をせず前の人の動きに合わせて歩き出した瞬間、横から車がドカン🛻💨


なんて事にもなりかねません。



全ては自己責任の意識を持ち、自分の身は自分で守りましょう。