翌日マネージャーの予言通り、体調を持ち直したセイシロー共々
カブキロックス一行は無事帰国。
5月21日デビューまでの2ヶ月弱、雑誌取材、テレビ、ラジオ出演
そして空き日は、リハーサルと多忙な日々を過ごした。
8万だった給料は、3ヶ月後に13万になり
デビュー後は16万になると、事務所から通達があった。
たった半年で何と倍増!
断っておくが、これは嫌味である(笑)
元々の価格破壊(西友かよっ!)はともかく
我々の場合の契約金(これは通常、事務所援助金
もしくはアーティスト育成金とも呼ばれてた)の額からすれば
16万の倍以上もらっても普通であり、3倍でも事務所運営に支障はないはずであった。
こんな風に書くと、俺が金にこだわってたように思われそうだが
実際ゴネたことなどないし、せいぜい20年後にネタにする程度だ。
一つのバンドの実例として知りたい人もいるだろうし
リアリティーがあると思うから書いてるまでだ。
俺の理念は、今も昔もミュージシャンたるもの給料ではなく歩合。
CDやグッズの印税、一本いくらの営業やライブで稼ぐ明日なき人気商売だと思ってる。
今回はちょっと話がそれたが、次回今は無き「浅草常磐座」
デビューライブから話を進めよう。
当時の空港風景。全エリア喫煙OKだったような