ふうせんのブログ

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小林蕗子のブログです。2013年5月に始めたときはプロフィールに本名を明示していましたが、消えてしまいましたので、ここに表示します。。
主に歌舞伎や本のことなどを、自分のメモ的に発信したいなあって思っています。よろしく!!

今年の新春歌舞伎、出かけたのは、新橋演舞場の昼の部と夜の部、浅草歌舞伎の第一部、歌舞伎座の昼の部。
あとは、体調の関係でいけませんでした。
新国立劇場の『通し狂言 鏡山旧錦絵 四幕七場(かがみやまこきょうのにしきえ)』

中老尾上は、当代・中村時蔵

召使お初は、8代目・尾上菊五郎

局岩藤は、坂東 彌十郎

これは、中川右介が観てきて、良かったと言っていたので、27日までに行ければ、行きたいですけど、体調次第です。
来月、NHKが深夜に放送してくれると思うので、それを期待したいです。
ただ、この演目はめったに上演しません。
私も過去に1回、2008年9月 新橋演舞場の『鏡山旧錦絵』(中老尾上・中村時蔵、召使お初・市川亀治郎、局岩藤、市川海老蔵)しか観てませんし、
3月歌舞伎座の『通し狂言 加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』に続くものですから、舞台を観たいですね。

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さて、今月、私が一番楽しみにしていたのは、新橋演舞場の夜の部・新歌舞伎十八番の内『春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)』
成田屋の父子、市川團十郎、新之助、ぼたん、三人の競演。
九代目團十郎による新歌舞伎十八番ですし、今後も三人で演じられるかどうかわかりませんから、これはどうあっても観たい舞台。
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そのことはちょっと置いて、やはり演舞場の昼の部から。

 


『操り三番叟(あやつりさんばそう)』
三番叟は、市川右團次、

後見は、市川九團次。

右團次は中学生のころから三代目市川猿之助の部屋子、しかも猿之助の家に暮らす内弟子として藝の継承をうけている。
特に舞踊はしなやかで美しい。
そのことを確信したのは、2019年7月歌舞伎座、当時の海老蔵の休演代役として、右團次が新歌舞伎十八番の内 『素襖落(すおうおとし)』の太郎冠者を演じ、その中での「那須与一扇の的」の舞踊でした。
突然の代役でしたが、師匠・三代目猿之助に習ったということで、素晴らしかった。
右團次以外でも、澤瀉屋のみなさん舞踊が素晴らしい。
三代目猿之助というと、スーパー歌舞伎ばかりが評価されるが、古典の基本もしっかり弟子たちに伝授してきました。
そのことを実感したのは、2016年1月新橋演舞場の『菅原伝授手習鑑』の〈車引き〉、市川春猿の桜丸でした。
いつもはキャビキャビした感じの春猿が、この時は憂いと強さを併せ持つ桜丸を、しっとり演じたのです。

そこで思うことは、かつて2003年までの7月歌舞伎座は、三代目猿之助が座頭で、古典歌舞伎を中心に演じてきたが、闘病状況になり、坂東玉三郎が座頭として澤瀉屋一門を率い、そこに当時の海老蔵を参加させて、公演を継続。
その後、海老蔵のちに團十郎が座頭になり、数年は四代目猿之助を含む澤瀉屋との共演もありました。
2025年は、團十郎と松本幸四郎が座頭で、右團次とそのお弟子さんだけが残っています。
将来は猿之助を継ぐ市川團子の今後を考えると、7月歌舞伎座は市川宗家・團十郎傘下に、團子を含む澤瀉屋一門が参加し、澤瀉屋の古典歌舞伎の伝承の場として再興してもらいたいと思う新年の舞台でした。
三代目猿之助は、様々な事情が重なって、23歳で團子からいきなり猿之助を襲名しましたからね。
当代もそうなる可能性があります。
三代目から直接指導を受けたお弟子さんたちが元気なうちに結集して、澤瀉屋の古典歌舞伎の伝承の場が造られることを願う新年です。

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『歌舞伎十八番の内 鳴神(なるかみ)』
鳴神上人は、中村福之助(Aプロ)と

      中村鷹之資(Bプロ)のダブルキャスト
雲の絶間姫は、大谷廣松。
白雲坊は、市川新蔵
黒雲坊は、市川新十郎


福之助(28歳)は、父・中村芝翫に習っての初演。
鷹之資(26歳)は、市川宗家・團十郎に習っての初演。
廣松(32歳)は、叔父・中村雀右衛門に習っての初演。

福之助の鳴神は、1月5日に観ました。
鷹之資の鳴神は、1月16日に観ました。
この二人、年齢を見れば、そんなに若いというわけではないが、「鳴神上人」の藝を達成するにはまだ若い。
そのことは承知の上で、この年齢までには初演しておかなければ、良い役者になれない。
ところが歌舞伎の世界では、福之助は中村芝翫の次男、鷹之資は父・中村富十郎が他界しているので、良い役の初役を得るのはかなり困難。
二人とも、積極的に挑戦したようで、まずそのことが素晴らしい。
今後も初役に挑戦して、頑張ってほしいし、挑戦した役は、さらに高みへと極めてほしいですね。
特に鳴神上人は、雲の絶間姫の色仕掛けで籠絡されるのですから、観客をユーモアで楽しませることができるのですが、
忘れてはならないのは、あまたの龍神を滝つぼに閉じ込めることができるほどの修行を積んだ高僧ということ。
役者も、これからますますの修行が必要ということですね。

雲の絶間姫の大谷廣松は、大谷友右衛門の次男。しかし次男とはいえ女形の修行をしてきましたから、叔父・中村雀右衛門の名跡を継げる状況にあります。
じっさい舞台を観れば、当代雀右衛門から習ったことはよく分かりました。
とても上品な色香が出て、藝の継承ができていることを、嬉しく感じました。
この演目は鳴神が主役ですが、今回の雲の絶間姫には主役の風格を感じました。
今後のさらなる躍進を期待したいです。その第一歩として、つぎの公演があります。

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『一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)』
熊谷次郎直実は、市川團十郎
熊谷妻相模は、中村雀右衛門
源義経は、中村虎之介
藤の方は、中村扇雀
弥陀六、実は弥平兵衛宗清は、市川男女蔵


前回のブログで私は、
「團十郎の『熊谷陣屋』は、ほぼ10年前の2015年7月歌舞伎座での初演をみている。
とても立派でよかったけれど、教えを受けた吉右衛門との間のことで私としては納得いかないものがあった」と書きました。
歌舞伎の世界では、本公演で初演するときは、先輩に習い、その通りに演じなければならないという伝統があるようだ。
習うのは、親が健在ならば、今回の「鳴神」の福之助のように、親でも良いらしい。
音楽の世界では、クラシックであれ、ポップスであれ、習うことはあっても、コンサートで習った通りに演奏したら失笑されるだけ。
ところが、2015年7月の公演では、「海老蔵が教えた通りに演じてない」と、吉右衛門が公演中に指導に入った。
海老蔵ブログでは、「ありがたいこと」と書いていたし、今回も数回、吉右衛門さんのことを伝えていた。
でも、私は納得できない。

『熊谷陣屋』には、〈團十郎型〉〈芝翫型〉という言葉があるように、〈團十郎型〉は成田屋の家の藝。
12代目團十郎は、白血病の闘病中でも、海老蔵に「家の藝」を継承するべく、
2012年3月国立劇場で、『一谷嫩軍記(イチノタニフタバグンキ)』の通し公演をしている。
〈流しの枝・熊谷陣屋、堀川御所〜兎原里林住家〜生田森熊谷陣屋〉の構成。

この時2012年3月、海老蔵は【六代目中村勘九郎襲名披露】で、平成中村座に出演していたので、共演はしていない。
しかし、映像は残しているだろうし、「口伝」で残されている事柄なども、團十郎は海老蔵には伝えているはず。
さらには、一番弟子の市川新蔵を筆頭とする弟子たちに、きっちり伝えているはず。

二代目尾上松緑の著書に、名優のお弟子さんたちから学ぶ、ということが書かれていました。
海老蔵が「勧進帳」を浅草新春歌舞伎で初演した時も、最終的に父・12代目團十郎が教えたにしても、最初の手ほどきは古参のお弟子さんからだったのです。
そのお弟子さんたちも、先代11代目の藝を、先代のお弟子さんから伝えられている。
歌舞伎の「家の藝」は、そんなふうにして、お弟子たちからも伝えられてきたのが、歌舞伎の奥の深さなのです。

それで、今回の『熊谷陣屋』、熊谷直実の魂を深く感じる、素晴らしい舞台でした。
なにしろ、この演目は、熊谷直実が平家の敦盛の身代わりに、わが子小次郎を自分の手で殺し、その首を源氏の大将・源義経に差し出す、という前例のない過酷な悲しみに満ちた話。
そこには、小次郎の母、敦盛の母、義経の複雑な悲しみも……。
それらの悲しみを全部、熊谷直実の裡に秘めて、僧侶として生き続ける魂の彷徨と行くえ……。

ここまで書くと、救いようのない話に思われるのですが、
舞台の常式幕が閉じられ、三味線の音色が、劇場空間を浄化する。
花道への出で、團十郎の直実は「十六年も一昔。夢であったなア」と静かにひとこと。
その後は、遠く戦場から聞こえる音に、吉右衛門のように蹲ることはなく、托鉢笠を両手で抑え、耳を塞ぎながら、ゆっくり立ち去る。
その姿は、すべての苦しみを引き受ける修行僧の姿へと導かれ、劇場空間は、静かに浄化されていく。


今回の團十郎の熊谷直実、最初の花道からの出から、最後の引っ込みまで、魂の大きな揺れと衝撃を受け止めました。
吉右衛門から教えられたことも、念頭にはあるのでしょうが、父・團十郎から伝わったこともあったはず。
前に私は、市川三升・著『九世團十郎を語る』を読んだ時のこと。
一番記憶に残っのは、〈ある役者が、忠臣蔵の高師直の役について教えを受けに来た時、九代目がまず伝えたことは、「お前が演るのではない、高師直が演るのだ」ということ〉。
つまり、〈自分が上手く演じようとするのではなく、高師直の魂が演じるのだ〉ということを伝えたのだと、私は解釈しました。


そして今、海老蔵の時も、当代團十郎になっても、その舞台には、團十郎を突き抜けた役の魂が大きく立ち上っていました。
今回はとくに、熊谷直実の静謐なのに熱い魂が、観客を圧倒する舞台でした。


雀右衛門の熊谷妻相模のこと、虎之介の義経のことなど、書きたいことはありますが、ここで今日は終えます。
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仁左衛門の「熊谷陣屋」のこと、1月13日に放送された【NHK プロフェッショナル「片岡仁左衛門」】のことなどを含めてかきたいですね

※なお、敬称についてですが、プロの芸術家や文筆家の方は広い意味での公人ですので、舞台そのものや作品について記す時は、私は敬称を付けません。昔からの慣例です。プライベートな内容と思われる時は「さん」の敬称を付けます。よろしくご了承ください