幼少の頃から悪ガキぶりを発揮し、ルースは、その将来を心配した両親に矯正施設に入れられました。しかしそこで野球を覚え、才能を開花していく事となります。
12年間施設で過ごしたルースは、1913年の18歳のときにマイナーのチームに入団し、翌1914年にレッドソックスにトレードされました。
ホームラン王として知られているルースでしたが、キャリアの前半、レッドソックス時代は投手として活躍していきます。
メジャー1年目こそ目立った活躍はありませんでしたが、翌1915年には18勝を上げ、チームもワールドチャンピオンに輝きました。
1916年には23勝を上げ、チームも2年連続ワールドチャンピオンに輝き。翌1917年は優勝を逃しましたが、ルース自身は前年を上回る24勝を上げました。
打者としても非凡なものがあり、投手として投げない日は、野手としても出場する機会が増えた1918年には、11本塁打を放ち本塁打王にも輝きました。この年もワールドチャンピオンに輝いたレッドソックス。特にルース自身は1916,1918年のワールドシリーズで投手として、29回2/3イニング連続無失点の当時メジャー記録を作りました。
1919年には投手よりも外野手での出場が増え、29本塁打を放ち、2年連続本塁打王を獲得しましたが、チームは振るわず優勝は逃しました。
そしてそのオフ、衝撃の出来事が起こりました。ルースは、当時としては破格の12万5000ドルで、ニューヨーク・ヤンキースに金銭トレードで放出されたのです。