奇跡って何にもしない奴には起こらないんですよね。
努力を積み重ねた人の上にだけ奇跡は起こるのです。
もちろん、努力していれば誰にでも
奇跡が起きるというわけではありません。
努力が報われない時もあるでしょう。
努力をするって事は、
その努力に費やした時間を賭けるギャンブルなんですよね。
だから、努力をすればするほど
ギャンブルに負けたときの落ち込みは半端じゃない。
その代わり勝ったときの喜びも半端じゃない。
ラッキーだけで勝った奴とは勝利の重みが違うのです。
岡村さんは努力と奇跡で芸能界を勝ち抜いています。
昔、岡村さんと二人っきりで朝まで飲んだことがあります。
岡村さんは、本番以外は本当に暗い人で、
声もスゲエ小さいです。
薄暗いBARで岡村さんは
「もしも、腕たてふせして面白くなるなら、毎日、何百回でもできる」
と言ってはちょびっと酒を飲み。
「お笑いの教科書があるなら、毎晩読んで丸暗記するけどな」
と言ってはちょびっと酒を飲み。
「俺とか、お前とかは、努力やめたら終わりやで」
と言ってはちょびっと酒を飲むのです。
「俺は努力してる」とかって言っちゃう奴ってちょっとダサいと思います。
でも、「努力」してる奴をダサいって言っちゃう奴はもっとダサいです。
僕は、
部活で必死に汗を流したことも
受験で徹夜をしたこともありませんでした。
そういう奴らを尻目に
「馬鹿じゃねえの」と言って遊び回っていました。
だから僕は
試合に勝つ喜びも
合格した時の喜びも味わった事がありません。
昔、全身刺青だらけのとっても悪い人に
「好きなときにやりたいようにやって
好きな時に女抱いて
警察に捕まったらただ飯食ってよ。
こんな楽な人生ねえぞ」
と言われたことがあります。
その人はいわゆる組関係の人ではなく
言ってみればフリーのチンピラの人でした。
タランティーノの映画が好きだった僕は
その人が格好良く見えたりもしました。
そんな人生も楽しいかなと思いました。
でも、俺はまだ生まれてきてから一度も努力したことねえぞ。
好きなことのために必死にがんばったことがねえぞ。
なんか一度でいいから「努力」して
何かを得た時の気持ちよさ味わってみてえぞ。
と思ったのです。
その話を彼女にして、僕はシャワーを浴びにいきました。
シャワーから帰ってくると、
枕元に「東京NSC開校」という記事が書かれた雑誌が開かれていました。
「何これ?」と僕が聞くと
彼女は「お笑い好きでしょ」と言いました。
そうして僕はお笑いの世界を「努力の場」と決めたのです。
これは僕にとってのギャンブルでした。
売れるかどうかは分からないけど努力する。
もしも負けたら努力の時間は無駄になる。
僕は岡村さんに会うと初心にかえります。
もっと努力しなきゃ。
もっと賭け金あげなきゃ。
大きく張らなきゃ大きく勝てないんだ。
と思うのです。
ちなみに雑誌を開いて僕を「努力の場」に立たせたのは
今の僕の嫁です。
現在の彼女は
僕が原稿を書いたり、資料を読んだり
「努力」をしていると
隣でいびきをかいて寝ています。
僕は「おもしれえ顔して寝ているなあ」と笑って息抜きが出来るのです。