16世紀から17世紀の大航海時代 、ヨーロッパでは、共同資本により、貿易 や植民地 経営のための大規模な企業が設立されるようになった。イギリスのレヴァント会社 やイギリス東インド会社 (1600年 設立)である。
もっとも、初期の貿易会社は、航海の都度出資を募り、航海が終わる度に配当・清算を行い、終了する事業であった。1602年 に設立されたオランダ東インド会社 は、継続的な資本を持った最初の株式会社であるとされる。17世紀のイギリスでは、設立許可を受けた会社か否かを問わず、共同資本の会社形態の事業が、従来の個人事業やパートナーシップ に代わって急速に増加し、貿易のみならず国内事業も取り扱うようになった。もっとも、1720年 にはイギリスで南海会社 が引き起こしたバブル経済 が崩壊したのを機に(南海泡沫事件 )、無許可会社に対する取締りを行うバブル法 (Bubble Act of 1720) が制定され、多くの会社が打撃を受けた[27] 。
当時の株式会社は許可制であった。(勅許会社 (chartered company)と呼ばれる。)。設立のための勅許 (charter) は、通常、独占権の付与を伴っていたため、イギリスでは17世紀から18世紀にかけて、国王と議会 との間の権限争いの場となった。また、株主の有限責任も、特別に与えられる特権であって、イギリスでは1855年になるまで一般的なものではなかった[28] 。
また、アダム・スミス は著書国富論 の中で株式会社制度は所有と経営が分離する点で経営者が怠慢になるはずであると批判している。これは現代の代理人問題 を指摘していたことになる。