裏庭BLOG -9ページ目

裏庭BLOG

ブログの説明を入力します。

作新、甲子園ベスト4おめでとうございます。最近頭の中でずっと校歌が流れてます。




$裏庭BLOG




1、2年生のバッテリーは注目されてただけあって目立ってたけど、俺は飯野くんのガッツが観ていて気持ち良いと感じた。顔面強打してまで笑顔でプレイする姿は高校球児らしい姿勢で光ってた。プロでも観てみたい。





それにしても今年は東京の日大三高ズバ抜けて強かったですね。圧倒的とゆう言葉が実によく似合う。





でも作新は来年もこのバッテリーだから1年後が楽しみです。俺もバントのテクを磨いて作新野球部にスカウトされるようにならなくてわな。






気分な一曲↓ALTON「Mad Mad Mad」
$裏庭BLOG




御国のため、天皇陛下のため・・・こうゆう思想をもって死にに行くのが当たり前だと思っていた日本兵。しかし中には「家族のため生きて日本に帰る」とゆう一人の男もいた。




でも俺が気になったのはその人の話ではなく戦闘の話。衝撃を受けたものの例として一つ挙げるなら、有名な真珠湾攻撃の『だまし討ち』のとこで、実際に搭乗員たちは宣戦布告と同時に攻撃すると聞かされていたらしい。しかし宣戦布告はされなかった。これはワシントンの日本大使館職員が宣戦布告の暗号をタイプするのに手間取り、それをアメリカ国務長官に手交するのが遅れたからだが、その原因が前日に大使館職員が送別会か何かのパーティーで夜遅くまで呑んでいて、そのため当日の出勤に遅れたからだとゆう。




これにより攻撃をした搭乗員だけでなく「日本民族とゆうのは卑怯な民族だ」とゆうレッテルを貼られ、その事で日本兵たちは強く心を痛めた。兵隊の命なんてゴミみたいに思ってるからこそ、こんな失態もなんとも思わないんだろね。嫌だ嫌だ。




あと、同じ日に同じ空の下で一戦を交えた日本兵と米兵が戦後何年かして再会し抱き合ったとか。当時は殺し合いをしてたのに、その時は元米兵パイロットの孫の話とかで盛り上がったとゆう。戦争なんて上の人間が自分の株を上げるためにやる事。それに巻き込まれ死んでいった国民には同情とゆう言葉しか見当たりません。




「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」でしたっけ?一体何%の国会議員が心の底から参拝してるのか?誰が行っても点数稼ぎのヤラセにしか思えないよ。まずその白い歯をしまえ!といった感じです。






気分なもう一曲↓COCO「I'm Wanted」
終戦記念日の昨日、伊勢崎へ祖母の墓参りに行ってきた。墓参りや飯のとき以外ってのはする事なくてただダラダラと甲子園を観てるだけ。因みに正月は駅伝。




しかし昨日は8月15日って事で思い切って祖父(83歳)に戦時中の話題をふってみた。最初は俺の質問に答える程度だったからあまり話したくないのかとも思ったが、俺が真剣に聞いてるのが伝わったのか自ら体験談を語るようになってくれていた。





やはりB-29ってのは他の米国の戦闘機とは比較できないほど恐ろしいものだったようだ。実際に祖父の頭上を何度も旋回し雨のように爆弾を落とし逃げ道がないほど一面焼け野原にしていったらしい。普通の戦闘機なら燃料の都合などで一箇所を旋回するのではなく爆弾を落としそのまま通り過ぎていくが、B-29だけはデカいタンクに膨大な燃料を備えてやって来るのでそうではなかったらしい。これにより祖父の弟は片腕をやられ有無を言わさず切断されたとゆう。片腕で済んだのがまだ幸いだったのかもしれない。





祖父は兵隊には志願しなかったらしいが祖父の兄や友人が志願兵となり九州の飛行場で訓練を受け1~2年程でパイロットになる。しかし、その後すぐに終戦となったため出撃は命じられなかったらしい。




家は兄弟が10人もいたため貧乏だったようでラジオも無く広島と長崎に原爆が落とされた事は後から知ったようだ。なので1945年8月15日、全国民が聴いてたと思っていた天皇陛下の玉音放送も聞いてなかったと。17歳の頃らしい。




「終戦を聞いて正直嬉しかったか?それとも悔しかったか?」と尋ねたところ、祖父は「・・・・・。」




戦時中に食料不足とゆうのは有名とゆうか当たり前の話だが、それよりも戦後の方が大変だったらしい。これは「TVの仕事はやめる」と言っておきながら幾度も見かける池上先生も言っていた事だから間違いない。戦争が終わっても食料不足とゆう困難を知っていたから祖父は何も答えられなかったのだと思う。そんな食えない日本に満州などの海外で働いていた約800万人もの日本人が一斉に帰国したため更に深刻な食料不足に悩まされた。祖父は昼夜問わず家族を守るため必死に工場で働いたと。




この時代の人達がこんなにも苦労して再生した日本を、今は日本人自らの手で破壊しようとしてる。本当は世界一強い国民がいるのに、世界一情けない政治家のせいで寂しい国だと感じる。




貴重な話を聞く事が出来て良かった。また祖父と戦時中・戦後について語らいたいと思う。




それと完全なる余談ですが伯父の話を聞く機会もあり、伯父は中卒で東電社員となり現在もどうゆう立場かは分からないが働いている。北茨城市の親戚の家を訪ねた際、原発の話題に触れられ言う言葉が見付からなかったとゆう。北茨城市は福島原発の近くで放射能には敏感になっているらしい。アホな政治家やアホな上司のせいで巻き添えを喰らい、もがいてる人もいる。完全に余談でした。





気分な一曲↓Skatalites ft.Tommy McCook「Peanut Vendor」
毎年恒例の宇都宮花火大会BBQ。今年は少人数で。




裏庭BLOG-未設定
裏庭BLOG-未設定




子供は本当に可愛い。皆で子供を大切にしましょう。この終わってしまいそうな国の宝。
裏庭BLOG-未設定
裏庭BLOG-未設定




$裏庭BLOG-未設定




花火は綺麗だが逆に切ないもんだとも思った。場所は違えどみんな同じ花火を見てるんだな。夏って開放的だが実は考えさせられる季節なんだな。それが花火の良いところなのかもな。俺って詩人だなw






気分な2曲↓Milton Henry「Good Old Days」





FREDDIE親父「LOVE HAS FOUND IT'S WAY」
宮城県は山元町とゆう初めて聞く土地に行ってきた。




3:00  起床




4:30  宇都宮を出発




途中SAで休憩を挟み・・・




9:30  山元町災害ボランティアセンター到着




現場に向かう途中、沿岸を走っていると自分の想像を遥かに超えた光景を見る。基礎だけしか残ってない家がほとんどで、瓦礫の山であったり線路の上で止まったままの電車であったり津波の被害による爪跡は至る所に残されていた。人も疎らで、居るとしても何かしら作業をしていて俺達と同じボランティアで来てると思われる。




10:00  現場到着 作業開始




この日の作業は津波警戒区域にある民家周辺の側溝の泥かき。地味な重労働だが、これをやらない事には住民の生活は改善される事はなく溜まった泥の中からは蚊が大量に湧き出るとゆう。こうゆう地味な問題は後回しにされてしまうらしいが、まだまだ沢山の住民が困ってる。メディアでは取り上げられない細かい問題が沢山残っていると聞いた。





長袖長ズボン・ゴーグル・マスク装着が義務付けられていたが、この日の気温は相当なもので幾度も休憩を挟み水分補給。しかしいくら水分補給しても全て滝のような汗になり流れてしまう。いつしかゴーグルもマスクも外し半袖で作業するようになった。そんな時、近隣に住むオバチャンからクーラーボックスいっぱいに詰め込んだアイスの差入れ。これが本当に美味くて再度自分に気合い注入。他にも「おたすけ隊」と名乗る男達からの水の差入れや、これまた近所のオバチャンからのジュースの差入れ。見返りを求めてやってる訳ではないが「ありがとう」って言葉や住民の笑顔に重みがあり、来て良かったと感じた。




12:00  昼食(ちょっと仮眠)




13:00  再び作業開始





午後の作業も無事終わり現場から去る際に山元町のボランティアスタッフの方から嫌な話を一つ聞いた。津波によって亡くなり転がってる遺体の指が何者かによって切断されてたそうな。聞くと高価な指輪をハメていたらしく中国人によって指ごと持っていかれたとゆう。遺族はどんな心境なのか。心ない者が本当に憎くてなりません。




俺達が今回やった作業や時間は震災復興の10000分の1にも満たないものだったと思う。しかし手の行き届かないこの場所でやれた事は本当に意味のあるものだった。もちろん満足してる訳ではないが住民だけであれをやるとなったら本当にキツいだろうし、見た感じ年配の方ばかりだった。こうゆう時こそ若い世代が活躍するべきだと思う。「初めて行ったくせに偉そうに言うな」って思われるかもしれないが、そう思う暇があったら行ってほしい。行ったからこそ言えるし考え方も変わります。また近いうち必ず行きます。何度でも行きます。





17:00頃  銭湯で汗を洗い流し・・・




18:00頃  夕食 温麺(味も色も素麺に似てる)




19:00頃  宮城県を出発




22:00頃  宇都宮到着 





長い一日だったけど充実してました。




  
$裏庭BLOG-未設定





気分な一曲↓Duane Stephenson「Fool For You」
地元の後輩の結婚式2次会に参加してきた。





$裏庭BLOG-未設定
@GOLDA




コイツは俺の1コ下なんだけど、中学の時に自分の排泄物を写メって皆に見せてくるような究極のド変態野郎とゆうか本当にアホ丸出しな奴。それが今では立派なカメラマンとして働いてる。あの写メはプロのカメラマンになるための第一歩だったのかもしれないなw今の奴の手にかかればそんなモノまでもが芸術として作品になってしまうかもしれない。アホだから。





ちゃんとお礼とかも出来るようになってるし、嫁さんに宛てた手紙もマトモなものだった。





良い2次会でした。末永くお幸せに。。。






気分な一曲↓Horace「Spying Glass」
今年も5店舗合同企画のBBQパーティー@ふれあいビーチへ。



$裏庭BLOG

$裏庭BLOG

$裏庭BLOG

$裏庭BLOG

$裏庭BLOG




人は減ったが雨も降らず涼しい陽気でナカナカ楽しめた。ようやく夏らしい事した感。






気分な一曲↓Third World「Always Around」
月日が経ちましたがHOME GROWNさんのパーカッショニスト、SHINJI MANが膵臓癌のため他界。





$裏庭BLOG




これからがバンドにとってフェスの山場。いつでも明るいあの笑顔が見れないなんて、ちょっと考えにくいものがあります。




心よりご冥福をお祈り致します。





気分な一曲↓Heptones「Oh Jah」
最近どうも俺のヤル気スイッチが作動し始めたようだ。





コトの発端は上司から喰らった喝。別に今までヤル気がなかった訳ではないが、何処か怠けてたとゆうか甘えてたとゆうか。。。自分でもどうすれば良いのか解らなかったし、なんかフワフワしててカッコ悪かった。それは仕事においても遊びにおいても。





その喝を喰らって本気で悔しかったけど図星をつかれて言い返す言葉もない。。。





けど、それを言われるのを待ってたとゆうかね・・・。今は全く恐いものがない。20代なんて本当に苦労して後悔してガムシャラに自分らしく突っ走っていけば自ずと何らかの結果はついてくるだろうし。こんな感情を持ったのは恐らく初めてだろう。27にして初めてとは恥ずかしい。





見返してやるぜクソジジィ!!一応感謝もしとくぜクソジジィ!!






気分な一曲↓CHUCK FENDA「I'm Praying」
夏!なのに涼しい・・・毎朝肌寒い。長袖でも良い位。来週あたりからまたカンカン照りか。





近頃無償に外でジャークが食いたい。そして一緒にビールを呑みたい。じゃぁ野外ダンスへ行こう。野外行くとなると毎年お隣の茨城。しかし今年は震災の影響でいつものダンスは屋内に。。。TVのニュースなんかではあまり取り上げられないが茨城の被害も相当なものだったらしいし。





これでは外でジャークが食べられない。どうしよう・・・って考えた結果、俺はJAに行く事を決意しました。本場のジャークを食べに。





最近マジでJAに行きたい。レゲエを好きになる前はそう思ってたけど、レゲエ聴き始めてからは治安の悪さも分かり行きたいなんてあまり思わなかった。キングストンには今でも行きたいなんて思わないが田舎の方でヒッソリと一人で観光したい。きっと悩みやストレスなんてゆう小っぽけなもんはバツッと消え去ってしまうんだろう。なんてったって楽園。





そして昼間でも夜中でもどんな場所でもレゲエが流れてる最高なシチュエーション。年中、夏。なんてったって楽園。





因みに5年計画。だから今年はどっちにしても特に何もない夏になりそう。だが考えると楽しくなってくる。絶対行くぞJA!!




中身のない文章になってしまった。






$裏庭BLOG
忌野清志郎さん『Menphis』




リアルだ。REBELだ。




「彼女の笑顔」