昨日の車内で、もう一つ、息子が話したことがあります。

中学校3年生という大事な受験の年に不登校に突入した息子。


不登校になるまで、スパルタ塾に通っていたんでしけど、バリバリの運動部でもあったので、頑張りすぎて、電池が切れたようにパタリと学校に行けなくなってしまいました。


きっと塾も部活も嫌な思い出に違いないと思ってたんだけども、昨日車内で


おやすみ「今、勉強頑張ってるじゃん。勉強するの嫌いじゃないんだよね。」


にっこり「多分、中学校の時の〇〇塾の経験があるから、嫌いじゃないんだと思う。あの時やり方を教えてもらったから、今それを実践してる。そしたら、勉強楽しいんだよね。」


にっこり「あの時は、塾の先生が言うのうるさいなーって思って無視して素直に聞かなかったんだけど、今になって思えば、そのやり方が1番効率イイんだよね。」


おやすみ「その時は気づかなかったんだよ。でも、あの時、ちゃんと気づいてた子達もいたんだよ。その子たちは、きっと自分よりその時大人だったんだね。」


ひらめき「やっと気づいたか」


立ち上がる「うん。だから今から自分のピークが来ると思うわ。」


勝手に塾は息子にとって嫌な思い出と思っていたが、それは親の決めつけだったな。


親や大人が子供のためと思ってやらせた事や言った事は、無駄な経験や言葉ではないのかもしれないです。


その時は響かなくても、後でわかる。


だって3年経って、こんなこと言い出したんだから。