そもそも「私」という感覚そのものが
この対立構造の始まりでもあります
「私」が現れることで
欲望が生まれ
防御が生まれ
比較が生まれ
罪悪感が生まれ
自己否定が生まれ
支配やコントロールが始まる
“私の人生”という物語が始まった瞬間から
世界は「私」と「それ以外」に分かれていく
けれど
本当に最初から分かれていたのでしょうか?
右と左のように
陰と陽のように
表と裏のように
本当は最初から
一つのものを人が分けて見ていただけなのかもしれません
すると
戦わなくていいものと戦い、
否定しなくていいものを否定し
欠けていないものを埋めようとしていた
その構造そのものが見えてきます
「一つになる」のではなく
最初から分かれていなかった
その視点に立ったとき
対立によって成り立っていた世界の見え方が
静かに変わり始めます
