小学生の時から、ドラマとかを見るとき、悪役を演じる役者さんの演技力のすごさに感銘を受けることがありました。それが今でもしばしば感じたりします。自分が役者になったら、ぜひ悪役を演じたいと思ったりするほどです。(具体的に言うと、ひたすら暴れ回るしたっぱキャラではなく、心に深い傷を負ったボスキャラ的な方の)
自分は悪い人だとは思っていませんが、むしろ、良くも悪くも自分は怒ることはなかなかない優しい人間だと思っています。
(自分で言うのもですけど(笑))
怒るほどの生命力が足りていないでしょうか。。。
悪役を演じてみたい欲はどこから来るんだろうと考えた時、「ないものねだり」に近いのではと思います。自分にないものを体験したい思いは一つの理由かもしれません。
それはさておき、
悪役たちは地味な物語をスパイスアップする添加物だという見方もあれば、善悪をはっきり分からせる役割や、悪役がいてこそ主人公を引き立たせる役割でもあります。でもこう言うと、僕も、悪役者たちも気に食わないかもしれませんね。(笑)「我らは引き立て役じゃねーよ
」と
彼らは彼らなりの物語があるんです。その理由は嫉妬、愛などの欠如、復讐、強欲(それこそ「ないものねだり」)、様々ありますが
よくあるあるなのは、
・力がほしい!
・浮気した!
・大切な人が殺された!
・自分にあるはずだったものが奪われた!
・何度も裏切られて、自分は自分で守る!人を信頼できなくなった
これらは典型的なパターンですね。全て出すときりがありません。
テレビで見るとき、私たちは客観的に物語の人物たちを見ているので、ついつい主人公を応援しがちです。その気持ち、僕も分かります![]()
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でも特に、その悪役がなぜワルに走ったのか分かっていれば、なんかかわいそうな気持ちになりますよね?みんなウィンウィンの方向に変わってほしいと思いませんか?
彼らも愛を求めているのです。愛と言ってもエロス的な愛だけじゃなくて、自分の存在に認められたい、親子の愛、友人との愛、愛の形は様々です。なぜなら彼らも人間ですから。(たまにモンスターなど非人間についての映画はありますが、所詮映画って人間の人間による人間のための映画ですので、結局は登場キャラはみな人間的ですよ)
「愛で生じた問題は愛で解決する」と聞いたことがあれます。その通りだなーと改めて思います。
多い原因の一つは「誤解」からわだかまり(不安や不平不満が心の中でぐるぐるとしていてスッキリしない様子)が生じたからです。人間間による「嘘」もこれに深くかかわっていきます。(誤解や嘘に関してはまた次回話します)
だから、最初からワルの悪役はいないと思います。最初からウィンウィンの関係だったら、戦とか必要ないし、自分にとって害となるものをわざわざ求めたりはしないんじゃないかな。
その複雑な心情を描いていく悪役者さんマジ尊敬です。嫌な奴と同時にかわいそうと思わせることはなかなか難しい芝居だと思います。
考えは恐ろしいものです。同じ現実でも、見方を変えれば罪悪に見えたりするものです。
逆に、良い方に作っていけば、希望的に幸せに生きることもできたりします。
自分も経験あります。今となっては本当にとんでもないことです。
だから、本とかドラマとか物語の悪役は他人ごとではありません。人間誰でも感じる負の「それ」から始まるからです。治められるか、暴走させるかの違いです。
生きてて毎日たくさんの出来事があり、嫌な思いもたくさんあるけど、自分をしっかり持ち、愛の溢れる人間になりたいですね。
⇒今回のまとめ
1.悪役すごい!
2.現実では主人公!
次回もお楽しみに~

