今、仕事で福井に向かっている。今日は前入りである。米原からしらさぎに乗り、車窓を眺める。台風一過の空は夏の盛りでいつもより青く大きい。

 昨日、台風が来る前に洗濯をして、それを取り込んでいたときベランダに一匹の蝉がいた。取り込み作業中、気になって蝉をみていたがまったく動かないし、鳴かない。彼(彼女なのかもしれないがなんとなく彼だと思う)の夏は終わってしまったのだろうか。さわってみたが、生きているようだ。動きは微かである。弱っているのは間違いないが、台風が近づいている。ベランダくらいなら貸そう。

 今日、洗濯ものを細君と干していると彼女は蝉に気がついて部屋の中に入ってしまう。細君は虫が嫌いである。さて、この蝉をどうしよう。さわる亡骸のようだ。
 細君が用事で出かけたあとぼくはビニール袋をもちベランダにでる。動かなくなった蝉をビニール袋にいれ、それをバックにいれる。クリーニングに出すシャツを手に持って、バック肩にかける。クリーニングを出す前に、近くの公園に寄り、ビニール袋をあける。蝉をつかんで木の下に置く。するとゆっくりと動き出す。まさか生きているとは思わなかった。さっきベランダでさわったときはまったく動かなかったからだ。彼はゆっくり動いて木に向かっていく。しかし、それは頼りないものだった。なんとなくみてはいけないような気がして、僕はクリーニングに向かった。そのときも蝉たちは彼らの夏を謳歌し、彼らの歌をうたっていた。

 細君が帰宅して、蝉を公園の木の下においてきた。まだ生きていたと報告した。
「ありがとうございます」
と彼女は言った。

 さっき、空を眺めていたら、特急電車の車内にいるのに蝉の鳴き声が聴こえたような気がした。