四人の足音。


 それが次第に遠のいてゆく。




 「頑張って・・・くれ・・・・・。私達の分まで・・・。」



 静か過ぎる程の静寂。


 それまでの緊迫した時間がまるで嘘のような、酷く静かな、そして、不思議な程穏やかな空気が自分を包んでいった。






 力が、そして熱が。
 体に刺さった棘にどんどん奪われてゆく。


 唯一天井に潰されなかった右の手一つ。
 それすらももはや、指一本動かす事すらままならない状態。


 流れ出る血だけがやけに熱い。



 ―――やっと・・・これで・・・・・・。



 ようやく果たせた使命。


 誰かと戦った訳でも無い。
 証も名誉も、誉れの声一つすら与えられない。



 だがその達成感は、これまでに得た何よりも、今、自分の心を心地よく満たしていた。






 フェニックスチームとの準決勝第二戦。
 初戦で戦死したニンジャの敵討ちも兼ねたその試合で、自分はかつての恩師と引き分けた。


 ブロッケンの腕に支えられながら倒れる師の姿を確認し、その後バッファローマンに抱き上げられた所までははっきり覚えている。
 また運ばれる道中、仲間達と交わした言葉も、所々朧気(おぼろげ)ながら記憶に残っていた。



 「大丈夫。お前の戦い、そして何よりニンジャの死を決して無駄にはしねぇ・・・。きっと・・・いや、絶対、勝って見せるさ。」
 「ブロッケン・・・。」

 「任せとけって。だからお前は、決勝の出番までにちゃんと体治しとけよ!」


 そう言いながら、大袈裟に力瘤(ちからこぶ)を作って白い歯を覗かせたブロッケン。
 そしてその言葉に、やはり満面の笑みを浮かべながら自分に向かって大きく頷いたソルジャーとバッファローマン。


 「すまない・・・。頼んだぞ・・・・・・みん・・・な。」



 それが彼らとの“最後の記憶”になってしまうなど、誰が想像出来ただろう。






 そんな仲間の“腕”と“笑顔”に包まれながら意識を失った自分。



 誰の手引きか、目覚めた時には既に、故郷の城に連れ戻されていた。

 戦いはとうに終わり、そして仲間は全員息絶え、屍すら残されてはいなかった。






 目覚めてからの数日。
 あれ程長く苦しい時間を過ごした経験は、自分の人生の中でも恐らく一度として無かっただろうと思う。


 ―――なぜ・・・私だけ・・・・・・。


 その、得も言われぬ圧迫感は、決して負った傷のせいではなかった。



 目は開いている。
 なのに、何も見えない。

 音はある。
 なのに、何も聞こえない。


 生きている。
 なのに・・・。



 その感情が“絶望”と呼ばれるものだという事を、しかし元々“友情”とか“愛”とか言う概念すら存在しない我が故郷にあっては、もちろん自分に教えてくれる者など――まして共感する者など――居るはずもなく、従って私はただ一人、自室の冷たい寝台の上で無駄な後悔ばかりを繰り返していた。


 ―――なぜ、生き残ってしまったのか?

 ―――なぜ、死ぬまで戦い続けなかったのか?


 その問いは、残った三人それぞれの死に様を知るといよいよ大きく膨らみ、頭と胸を酷く締め付けた。






 そんな苦悩の果ての行動。



 ―――一人無様に生き残ってしまった・・・。だが、そんな残された自分にも、出来る事は必ずあるはず・・・・・・。



 そして今、私は求め続けたその答えを見い出し果たした。


 もう、なんの悔いも無かった。






 「ニンジャ・・・バッファローマン・・・ブロッケン・・・・・・。」


 既に体は温度以外の感覚を完全に失っていた。
 視界がどんどん狭まり、霞んでゆく。


 肺と気管に溜まった血で、もはやまともに息も出来ない。


 ―――だが・・・何だろう・・・。酷く心地良い・・・・・・。



 これまで幾度となく死線を超え、また、時に命を落としてきた自分だったが、こんな風に緩やかに朽ちてゆく経験は初めてだった。


 「ソル・・・ジャー・・・。」


 ―――これで、ようやく皆に胸を張れる・・・。



 軽く息をつき、ゆっくり目を閉じた。












 その時だった。






 「アシュラマン・・・。」

 頬に何かが触れた。


 暖かいその感触に重い瞼をゆっくり開けると、そこには見覚えのある迷彩を纏った逞しい二本の足が、自分に向かって膝をついていた。


 「あ・・・・・・。」
 「気が付いたか?」
 「え・・・ソル・・・ジャー・・・・・・?」
 「苦労を掛けた・・・。スグルを救い、そして未来を繋いだお前の行動。一族を代表して、何より・・・あ奴の兄として、心から感謝するよ。」


 その、全く突然の出来事にただ戸惑うばかりの自分に、しかし首を落としこちらを窺うソルジャーは何も動じる事なく、そっと目を細めた。


 ―――なぜ・・・消えたはずのソルジャーがここに?



 考える間もなく、今度は横たえていた右手が、白い手に強く握られた。


 依然、天井と地面に挟まれ動かせない頭。何とか視線だけを向けると、そこにはやはり見慣れた緑色の軍服を纏った男の姿があった。


 「ブロッケン・・・なの・・・か?」
 「ちょっと待ってろ。今、バッファが天井持ち上げるからさ。」


 そう言い終わるが早いか、自分の体がフッと軽くなった。
 不思議な事にその頃には、体の感覚も力も、殆ど元に戻っていた。



 断続的に続いた石の擦れる鈍く重い音が、やがてぴたりと止む。

 土埃舞うその先には、自分の体を押し潰していた石の天井をいとも軽々と持ち上げる大男の姿。
 その頭から生える角の間から差し込んだ光に、思わず目を細めた。


 「何だ。思ったより軽いな・・・。大丈夫か?」
 「あ・・・ああ。」


 ―――ブロッケンにバッファローマン・・・。一体・・・どうなってるんだ。



 いつもの不敵な笑みを浮かべながらそう言葉を掛けてきた奴に、しかし先のソルジャーと同様、間の抜けた返事を返す事しか出来ない自分の体に腕が差し入れられた。



 右側にはさっき自分の手を握ったブロッケンの姿。

 そしてなんと左側には、ソルジャーではなく、あの日自分の目の前で絶命したはずのニンジャが、これまたまるで普段通りな様子で微笑を浮かべながら自分を見つめていた。


 「ニンジャ・・・・・・お前・・・まで。」



 二人に両側から抱えられ、そして起こされた体は驚く程軽く、しかも傷はおろか、血の一滴、僅かな土埃すらもついてはいなかった。


 代わりにその身は、前掛けを始めとした全ての装飾具を纏っていた。


 「体・・・なぜ、くれてやった筈のこれが・・・。そして何より、みんな・・・どうして・・・・・・。」


 
 その降って湧いたような一連の出来事をどうにか理解しようとするも、戸惑いと喜びの感情ばかりが溢れ出る頭では、全く上手くいかなかった。

 




 未だ呆然と佇むばかりの己の心情などお構い無しと言った様子で、ソルジャー以外の三人が自分を取り囲んだ。


 口々に言葉を掛けてくる仲間達。



 夢と言うには余りに出来過ぎていて。
 幻と片付けてしまうには余りに鮮明過ぎた。



 ―――だが・・・それでも・・・・・・。



 皆が居て、そして笑っている。
 何であれ、事実自分の目は、耳は、体はそう感じていた。



 ついさっきまで石天井に潰されていた六本の腕は、今は一本残らず仲間の手に腕に体に包まれていた。
 温かい感触。



 大きく一つ息を吐くと、私は考える事一切を放棄した。






 「そなたも一人で大変だったな・・・。疲れたろう。どこか痛む所は無いか?」
 「ていうか・・・お前、いつまでもボケっとしてねぇで、礼の一つくらい言ったらどうなんだ。折角こうして盛大に来てやったってのによ・・・。」
 「何しれっと恩着せてんだよ。それに、そもそも行こうって言い出したのは俺だぜ。お前は付いて来ただけだろ!」
 「別に、んな細けぇ事はどうだっていいじゃねぇか・・・。そんなだからお前は、いつまで経ってもお子ちゃまなんだよ。」
 「何!?」



 自分を挟んで小競り合いを始めたブロッケンとバッファローマン。
 それを横目に、自分の手を取りながらやれやれと苦笑交じりの溜息をつくニンジャ。

 そして、一歩離れた場所からその様子に小さく肩を揺らすソルジャー。
 


 皆の姿。
 賑やかで明るい声。


 つい、つられて自分の口も綻ぶ。



 泣きながら笑う。
 そんな複雑な感情もあるのだという事を、初めて実感した。





 
 いつしか周囲の景色は、準決勝が行われた名古屋城のそれにすっかり変わっていた。
 

 「さあ・・・。積もる話もあるだろうが、そろそろ行くとしようか。」



 ソルジャーの言葉に皆で頷く。


 キン肉マン達が駆け抜けて行った、忌まわしい門とその先の回廊。
 そこには今、あの日五人で歩いた名古屋城の長い廊下が続いていた。



 遠く遠く。
 延々と続くその道の先には一条の光。



 マントを翻したソルジャーの背に続き、四人今度は肩を組みながら、その光が照らす方へと歩き出した。