「一つ・・・。ずっと、お主に尋ねたい事があった。」
 「え・・・。」
 「そう身構えるな・・・。今となっては単なる興味だ。何せ、まさかこうして共に戦う事になるなど、夢にも思わなかったからな・・・。」
 「あ・・・ああ・・・・・・。」


 王位争奪戦準決勝。
 その会場である名古屋城の裏手の庭で、俺は未だ気の置けないそのチームメイトを前に、ただ戸惑いの色を帯びた言葉を返すばかりだった。



 その仲間――ザ・ニンジャ。悪魔騎士の一人として正義超人界に脅威をもたらし、そして自分との戦いで命を落とした――とこうして二人きりで会話をするのは勿論初めてだったが、奴と正面から向き合い目を合わせる事自体があの戦い以来初めてと言って良かった。


 奴との死闘。そこで勝ち名乗りを受けたのは自分の方だった。
 だが、何とか勝利はしたものの実際その内容は全く自分にとって満足いくものでは無く、味方の救いの手によってもたらされただけの、それは言わば“偶然”だった。


 ―――本当は一緒に死んでたはずだった・・・。しかも、己の技量ありきの運という訳でも無い。あの一瞬の間に自分を見極めた、あれはロビンの力だ・・・。



 笑う事も、胸を張る事も。
 口にする事すら躊躇う勝利。

 そして、そんな自分が心から誇れない戦いで命を落としたニンジャ。



 罪悪感にも似た、どこか後ろめたい気持ちを抱えての相対。

 勿論、奴がそんな些細な事を根に持つような小さな男で無い事は重々分かっていたのだが、全く何も無かったかのような顔で接するというのも、どこか違うような気がしていた。


 ―――もしかすると俺は、そんな後ろめたい心中を奴に見透かされる事こそを恐れているのかも・・・。



 そんな混沌とした胸中。
 しかも元々が寡黙で物静かな奴に、だから俺は何も話し掛ける事が出来なかったのだった。






 ソルジャーによって集められたメンバーの中に奴が居た。そもそもその事自体が自分にとってはかなり意外な事態だった。


 もちろん、どういういきさつなのかは分からないが少なくともニンジャにかつてのような悪魔特有の“狂気”は無かったし、何より今や誰よりも信頼を置く――置くべき――ソルジャーの選んだ男である限り、何ら異論は無かった。
 それに、むしろこれから行われる試合――一対一の勝ち抜き戦とは言え、団体戦と言う形式を取るこの戦い――の事を思えば、もっと奴と打ち解けておきたい想いもあった。


 だが、当のキャプテンは極短い――もちろんソルジャーに全てを委ねる決意を固めた自分達にとっては、それだけでも十分過ぎる程十分ではあったが――言葉を俺達に掛けただけで、後の全てを自分達個々の“自由意志”に任せた。


 ―――きっかけ・・・。任せてもらえるのは嬉しいけど、せめて作戦を立てるとかの口実でもあれば、言葉を交わす事だって出来ただろうに・・・。



 待ち合わせに指定された裏庭の一角。
 そこで話を終えたソルジャーは、人目を避けるべくさっさと城内の控え室へと歩いて行ってしまった。


 そして残された俺達四人もまた、試合開始までの二時間余りを各々で過ごそうと一歩踏み出したのだが、正にその矢先、俺は奴に呼び止められたのだった。



 気を利かしたのだろうか。アシュラとバッファの二人もまた、特に何も言わないまま城の向こうへと去って行った。



 残された二人。

 その場所にもちろん人影など無く、生い茂る木々の葉のせいだろうか、周囲から聞こえてくる様々な音もまるで壁一枚隔てたように囁(ささや)かだった。

 




 「で・・・・・・何だ?聞きたい事って・・・。」
 「ああ。気を悪くさせるつもりなどさらさら無い事だけは、先に念押ししておくが―――」
 「別に・・・何も思いやしねぇよ。俺が答えられる範囲の話なら・・・何でも聞いてくれ。」
 「そうか。ならば遠慮せず問うが・・・・・・お主、なぜ拙者との戦いで手加減した?」
 「・・・・・・は!?」


 元々ニンジャと自分にある共通の話題など、あの戦いの事以外には無い。
 だから多かれ少なかれ、それに関する話なのだろうという程度の身構えはしていた自分だったが、まさかそんな言葉が奴の口から出てくるなどとは思ってもみなかった。



 ただ唖然とする自分の様子を別段気に留める事も無く、奴は言葉を続けた。


 「“手加減”という言葉は、この場合相応しく無いのかもしれんが・・・。拙者が尋ねたいのは・・・そう。お主、なぜ拙者にこそあの技を使わなかったのかという事だ。」
 「あの技・・・?ちょっと待ってくれ・・・。益々訳が分からねぇんだけど―――」
 「拙者のあやつりの術。お主が見破ったからくりの、その糸を切った手刀だ。」


 そう言いながら、奴は俺の右手に視線を移した。


 一族の施設に放り込まれてから徽章を継ぐまでの十数年。一日も欠かさず鍛えた――というより鍛えさせられた――自分の右手。
 腕を上げ、空を切るように手首から上を左右に軽く振って見せると、奴は無言で小さく一度頷いた。



 「これか・・・。いや、別に・・・お前が思うような事なんか、何も考えてねぇよ。」
 「それは違うな。」
 「違わねぇさ。嘘じゃねぇ・・・。お前の攻撃に、本当に何も考えられねぇくらい・・・何もかも必死だった。それこそ、お前の体を一緒に穴に引きずり込む事しか出来ねぇくらい・・・・・・。だろ?」


 それは全くの本音であり、また“事実”だった。

 だが、奴の表情には一向に納得の色は伺えなかった。


 「まだ上手く伝わっていないようなので付け足すが・・・。お主、その技を出した時、妙な“間”を取っていただろう。」
 「え・・・あ・・・。」
 「獲物を正確に捕らえる為の間でも、技の威力を増す為の間でも無い。むしろ、その手に籠めた力を無駄に逃がすような呼吸・・・。気付かないとでも思ったか?拙者の目は誤魔化されん。」
 「・・・。」

 「何もかもが必死で、それこそ死の淵まで追い詰められて・・・。なのにそれでも、お主はその手をまともに振るわなかった。その手を存分に振るえば、あるいは拙者をもっと早くに仕留められた可能性だってあっただろうに・・・。」
 「いや・・・それは・・・・・・。」
 「明らかに技量が秀でた者が、相手に屈辱を与える意味合いで手を抜き、さらに対戦相手に己の優位を知らしめる。もしくは、敗北を望んでいる・・・。そうであればここまで疑問に思ったりはせん。だが、お主の場合はそのどちらでもなかった・・・。」
 「・・・。」
 「負けを・・・死を望んでいる訳でもない。いや、むしろ誰よりも貪欲に勝利を欲しているように見えたお主が、なぜわざわざそんな妙な真似をするのか・・・。」
 「・・・。」
 「拙者がお主に尋ねたかったのは、その事だ。」


 ニンジャの眼。
 静かに自分を見つめるそれは、本当に純粋な光を纏っていた。



 「それは・・・・・・その・・・。」






 技を使わなかった事。
 力を抑えていた事。


 ―――気付かれて・・・た・・・んだ。



 実際、それもまた紛れも無い“事実”には違い無かったが、まさかそこまで的確に奴が感づいていたなど夢にも思っていなかった俺は、全く何の意味も無い間接詞を口籠る事しか出来なかった。