発端は数日前。
 丁度あの戴冠式での事だった。


 突然自分の頭に過ぎったその“声”。
 

 ―――気のせいではない・・・。はっきりと意志を持ったそれ・・・。

 ―――でも・・・現実のものでもない・・・。



 その式の折も折のこと。

 突然現れた“真の王位継承者”と名乗る奴らと団体戦をしいられる事になったキン肉マン。
 窮屈な肩書きを背負ったせいで思うように身動きの取れないロビンやテリーの分も彼の力になろうと一歩足を進めた、それは正にその時だった。


 “行くな。”


 そう、ただ一言。
 聞き覚えなどあるはずもない、低く暗く、抑揚の無いその声色。


 もちろん始めは気にも留めなかった。



 だがその咎めの言葉は、その後も何度も頭の中で響いた。


 戦いに向かうキン肉マンの背中に視線を送る度、彼の方へ向かおうとする度。そして声を掛けようとする度に聞こえてくるその“声”は、周囲から同行を求められるといよいよ大きく明瞭さを増し、遂にはこめかみを締めつけるような頭痛さえ伴い始めた。



 そして結局、俺はキン肉マンに何の言葉を掛ける事も無く、また彼の後を追うようその後も方々から引き止められてはさんざん罵倒とも取れるような苦言を投げかけられたにも関わらず、真っ直ぐ――まるで逃げるように――自国に戻ってきてしまったのだった。



 そんな自分の前に何の前触れも無く現れ、チームへの参加を要求した奴――ソルジャー。
 そして程無く、再び聞こえてきた“声”。


 ―――あの時は“行くな”だった・・・。そして今度は“行け”と聞こえた・・・。

 ―――こいつに・・・ソルジャーに付いて行く事。それが最後のチャンスなのか・・・?



 鵜呑みにするには不可解過ぎる。
 だが、偶然にしては首尾良く出来過ぎたこの一連の出来事を、どのように解釈すべきか。



 去ってゆくソルジャーを追いかけたのも、こうして呼び止めたのも、全てはその為だった。
 





 ファーターが自分に残した言葉。そして師匠に誓った、“日の下で生きる”という決意。


 その為に自分の一番の必殺技も実質封印し、血を浴びないと決めてから、まだたかだか一年足らずしか経っていない。
 にも関わらず、体はいよいよどこかしこに変調をきたしていた。



 あちこちから手に入れた薬を片端から飲んだ。
 屋敷に積み上げられた古い書籍をしらみ潰しに調べた。
 一族の古い者達に尋ね回ってもみた。


 だが、藁にも縋る思いで行ったそのどれ一つとして、気休め以上の効果をもたらしてくれはしなかった。



 唯一自分が出来る事と言えば、せめて一人で居る間は人間に戻り、少しでも徽章に力を奪われる事を避ける。
 そして来るとも来ないとも分からない、自分の力だけで何かを掴む“機会”を待つ。


 ただそれだけだった。



 ―――徽章の“終わり”にふさわしい場所を見付ける事。全て・・・その為に走って来た。けれど・・・。


 ただじっと、その時が来るのを願い待つ事しか出来ない息苦しさ。


 進む“道”が無い。
 それが実は最も辛い事をいやという程痛感した。


 いっそ現実に首を絞めてくれた方が――体への苦痛として与えてもらえた方が――どれだけ楽だっただろう。



 そんな、どうしようもない状況の中聞こえたその“声”。
 しかも一度ならず再三に渡って頭に響いたそれは、もしかするとこの徽章が発しているのではないだろうかという推測を自分の中に湧きあがらせたのだった。


 ―――バカバカしいけれど・・・でも、本当にそうだとするなら俺は・・・。



 もちろん、今でも半信半疑――というより、疑いの方が依然強いが――な気持ちであるには変わらない。

 確かにこの徽章は不思議な力を持っているし、これだけ永きに渡って徽章と共に生きてきた一族でさえ、その力の全てを把握出来ているかと言えば多分“否(いな)”だ。
 だがこんな風に、徽章が宿主に何かを訴えたり働きかけたりするなどというような類の――それこそ絵空話のような――話は、それこそ誰の口からも――もちろんファーターも含め――語られた事は無かった。


 ―――俺は、決めなければいけない。



 しかし、何分自分には時間が無い。
 それもまた事実。

 自分の力と命があとどの程度――ひと月なのか半年なのか、実はもっと長いのか・・・。それとも、たかだか数日なのか――持つのか全く分からない今、この未曾有の戦いの場を逃してしまえば、恐らくもう自分が望むような“何か”を掴むチャンスは無いだろう。


 ―――だからこそ・・・確かめておきたい。



 その不思議な声。そしてこの、ソルジャーという男に魅かれる己の心のままに進むべきか。
 それとも、これまで共に戦った無二の親友達の元へ向かうべきか。


 そのどちらかを選択する。
 そしてその為には、それぞれの道の先にあるものを見極めなければならない。


 ―――仲間の所へ向かう。それは大体想像がつく・・・。

 ―――でも・・・もう一方の先にあるもの。それは・・・・・・。



 機会はもはや今日――ソルジャーの腕を掴んでいる今この時――しか無い。



 “放してはいけない。”


 また、あの“声”が聞こえたような気がした。





 俺は一つ、大きく深呼吸をすると、改めてソルジャーに向き直った。
 そして、ゆっくりと口を開いた。


 「あんたが言うように・・・まだ俺自身、あんたに付いていく事を決めた訳じゃない。だけど・・・。」
 「?」
 「一つ・・・どうしても確かめたい事があった・・・。だから・・・。」
 「・・・。」
 「ただ一つ・・・・・・でないと多分、俺は何も決められない気がする。」
 「・・・。」
 「正直、俺はあんたに魅かれてる。それは・・・認める。だけど、この気持ちに・・・何よりそういう想いを抱いた自分自身に間違いが無いか。それを確かめたくて・・・・・・。それで・・・追って来た。」


 手探りで紡いだその言葉は、未だ迷いだらけの自分の心そのままを映し出していた。


 全くもって捉え処が無い。
 だが、ソルジャーは一瞬眉を顰めたものの、あとはただじっと黙って自分の言葉に耳を傾けていた。 



 俺は奴の腕を掴んだままのその手に一段強く力を込め、そして言葉を続けた。


 「あんたは・・・あの時のあんたか?」
 「・・・どういう意味だ?」
 「・・・やっぱり・・・・・・そうなんだな。」



 それまでどんな時も冷静で揺るぎなかったソルジャーの眼。
 そこに表れた一瞬の動揺の光が、自分の推測が正しかった事を何よりはっきりと物語っていた。