「それで・・・返事だけど。」
「・・・ああ。」
「答えは・・・“No”だ。やっぱり・・・行けない。」
「・・・そうか。」
「うん・・・。」
その日から丁度五日前のこと。
俺を含めたソルジャーチームのメンバー四人は、ソルジャーにある提案を受けていた。
それは、血盟軍の継続。
そして、俺はその誘いを“断る”という答えを出したのだった。
平和になった地球を離れ、新天地で猛威を振るおうと企む輩の殲滅をその目的の主とするソルジャーの提案は、確かにとても魅力的だった。
―――どこまでも対等な同士達と。そして、誰よりも自分を認めてくれた人と、この先も共に居られる。
―――そして、再びこの身を戦いに委ねる事が出来る。
何より光栄な、そして喜ぶべきその提案を、しかし即断で受け入れなかった理由。
そして、断るに至った最たる理由。
俺はその『超人血盟軍』という名を、自分を含む全ての人々の記憶に、一切の穢(けが)れも傷も無いまま刻みつけたかったのだった。
ソルジャーからの提案を聞いた時、俺は“救われた”と思った。
あの戦いに己の全てを掛け、そして本懐を遂げ、満足な死に堕ちて行った俺は、再び与えられた命の使い道が全く見えずにいた。
そんな折も折の提案。
形振り構わず、俺はそこに縋り付こうとした。
けれど。
血盟軍は、ソルジャーの意志を汲み、それを実現する為に存在するチーム。
そして、彼を守る為にあるべきチーム。
“守るべきものに守られる。”
自分の願いに反しかねないその矛盾が、俺に“No”を選ばせた最も大きな理由だった。
ソルジャーは、ただじっと俺を見ていた。
少し切なげなその表情に、俺は精一杯の笑顔を返した。
「悪ぃな。折角・・・誘ってくれたのにさ。」
「いや・・・。お前が出した答えだ。二言は無い。ただ、『血盟軍』の名はもう語れないな。」
「え・・・?でも、他の奴らは・・・。」
「ニンジャは私と共に行くと言ってくれた。だが、アシュラの答えは“No”だった。」
「あいつは・・・バッファの奴は?」
「奴はお前が行くなら行く。行かないなら行かないという答えだ。」
「・・・なんだそりゃ?」
「さあな。何せ奔放な男だ。私も奴だけは未だに察しかねる事の方が多い。だが――」
「?」
「案外お前が誘いを断る理由と、似たり寄ったりなのではないかな・・・。」
「え・・・、あ・・・・・・。」
「もちろん、直接聞いた訳ではないがな。あくまで私の受けた印象の範疇に過ぎない話だが。」
「全く・・・。あんたにはどこまでも敵わねぇよ。」
短く、そして決して確信に触れる事のない言葉。
けれど、ソルジャーには俺の全てが“見えて”いた。
続けて紡がれた言葉で、それはしかと裏付けられた。
「まあ何にせよ・・・あの名は、お前が居て、三人が居て・・・。そして何よりお前が私の右腕で。それで初めて語れる名だ。ニンジャと作る新軍には、また、違う名を考えるとしよう。」
「・・・ありがとう。本当に・・・感謝するよ。」
ソルジャーの下に集った三人。ザ・ニンジャ、アシュラマン、そしてバッファローマン。
ソルジャーの掲げる旗――意志と信念――に魅かれ、繋がった同士達。
今振り返っても、あの不思議な一体感は奇跡のように思える。
―――だからこそ、余計に・・・。俺はそれに縋ってはいけない。
奇跡が奇跡のまま、皆の心に刻まれる。
引き換えに得た喪失感は、恐らくこの先も、一生消える事はないだろうと思った。
だが、それでも、自分の願いはほぼ完璧な形で叶えられたのだった。
「・・・で、お前はこれからどうするんだ?」
「国に帰るよ。そして、国を平和にしたい。」
「そうか。」
「確かにあの戦いでこの星は平和になった。そしてきっと、当分その均衡は崩されねぇ・・・。でもさ、それはあくまで“超人”としての話で、“人間”の世の中、特に俺の国はまだまだ平和じゃねぇんだよな。」
「・・・ああ。」
「だから・・・、あの戦いであんたを守れたように、俺、今度は国の人達を守ろうと思う。超人の世があんた達キン肉族の手で平和に導かれたように、俺の手で・・・どこまで出来るか分かんねぇけど、あの国を平和に導きたい。」
「・・・。」
「それにさ・・・。この超人の体も力も、元々は一族の為、国の為に使うものとして与えられた訳だしさ。」
「そうか・・・そうだな。」
「我ながら大それた夢だけどな。」
「いや・・・。そうは思わんよ。ただ・・・。」
「ははっ・・・何だよ。なら、そんな心配そうな顔してくれるなって。」
ソルジャーの顔が、その日最も憂いだ。
そしてその表情は、その日最も、俺を揺さぶった。
ソルジャーと最後に会う場所を海と決めた時、同時に俺は、自分の中にある一つの“決めごと”を設けていた。
決して涙を見せない事。
泣いて、そして慰められたりでもした日には、国に尽くすと決めた決意までもが揺らいでしまうような気がしたのだった。
俺は思わず視線を上に逸らした。
しかし、胸の締め付けられるような感覚はどんどん大きくなっていった。
―――自分で決めた事だ。最後までやり遂げないと・・・。
俺は最後の気力を振り絞り、再び真っ直ぐソルジャーに向き直ると、自ら別れに繋がる言葉を口にした。
「じゃあ・・・最後に。我儘聞いてもらえるか?」
「・・・ん?」
「俺から先に、ここを去らせて欲しい。」
「それは全く構わないが・・・。何か思う事でもあるのか?」
「いや・・・俺・・・。ずっとあんたの、その大きな背中が好きだったんだ。だから、それが離れていくのを最後に見るのは、流石に何か辛くてさ。」
「・・・。」
「それに、あんたのお陰でちょっとは成長した俺の背中を、それこそ最後だし・・・見て欲しいんだ。」
「そうか。」
「だから・・・、女々しいのは自分でも分かってるんだけど・・・さ。・・・いいか?」
「分かった。」
軽く頷きながらそう返事をしたソルジャーは、右手をゆっくりと俺の前に出した。
握手。そう思って出した自分の手を、その手は軽く掴むと、そっと手のひらが上に向くように返した。
訝しがる自分の視線をよそに、ソルジャーの右手は俺の手の甲の下に添えられた。そしてそのまま、彼は俺の手を少し上に持ち上げ、残った左手で胸ポケットから見覚えのある布切れを取り出すと、それを俺の右手に乗せた。
そして俺の手にそれを握らせ、上下から両手で俺の拳を包み込んだ。
「・・・あ。これ・・・。」
「お前が私の為に戦った証しだ。」
「・・・でも・・・・・・なら余計に―――」
「これは私の我儘だ。お前に持っていて欲しい。」
「・・・。」
「そして、約束してくれ。近いか遠いかは分からんが、いつの日か必ず、これを私に返しに来てくれると。今よりさらに成長した姿を私に見せてくれると。」
「ソルジャー・・・。」
「聞いて・・・くれるな。」
「・・・ああ、分かった。約束するよ。」
その、実に様々な想いの籠められた“約束”を、俺は自分の胸ポケットに仕舞った。
そして今度は、俺から右手を差し出した。
「じゃあな・・・。元気で。」
「ああ・・・お前も。だがその、“じゃあな”だけは撤回してもらいたいな。」
「じゃあ・・・・・・。じゃあ、またな。」
「ああ・・・またな、Jr.。」
自分が籠めた力よりも、さらに強く握られる自分の手。
緩んだその頃あいを見計らい、俺は出来るだけ颯爽と振る舞うべく、その身を返した。
自分の背中に注がれるソルジャーの視線は、正面で受ける夕日の光より何倍も柔らかく、そして温かかった。
手で拭う訳にもいかない、頬を伝う幾筋もの涙を流れるに任せたまま、俺はひたすら前だけを見て歩いた。