屋敷の庭先の一角に植えられた木々。その木陰が屋外でトレーニングを行う際の、専らの休憩所となっていた。
少し長めに刈られた芝の上に四肢を伸ばし、体いっぱいに風を受け火照る体を冷やすジェイドの傍らで、俺は木の幹に預けていた背を正しながら言葉を返した。
「なぜ突然そんな事を?」
「いえ・・・、レーラァがお父さん以外で口にする人って、そんなに居ないから・・・。何となくそうかなって思っただけなんですけど・・・。でも、レーラァが凄いと思う人なら、きっと凄い方なんじゃないかなぁって。で・・・、そう思ったら、ちょっと知りたくなって・・・。」
「ははっ・・・。なるほどな。」
産まれてからこれまで、関わった者の大半が目上の人間だった事もあってか、こういった子供の“直観的な”切り出しには、正直未だに慣れる事が出来なかった。
疑う事を知らない、どこまでも澄んだ弟子の大きな眼に自分が映し出される。
常に真っ直ぐ自分に視線を向けるジェイドの、そのごくごく子供らしい表情は、つい俺ですら笑みを漏らしてしまう程の純朴さだった。
―――ファーターの目には、俺はどう見えていたのかな・・・。
ただその一方で、その眼に映る自分を目の当たりにする事に関しては、胸の奥に何かがつかえたまま膨らんでいくような――そんな違和感を感じていた。
その眼に映る、穏やかで、それでいて少し困惑した壮年の男が今の自分自身の一面だと自覚するには、まだ暫く時間が掛かりそうだった。
俺は苦笑交じりに軍帽の庇を目深にしながら――それは何かを考える折の自分の癖だった――、ジェイドに理解し易い言葉を探していた。
「だが、中々難しい質問だな。」
「?」
「もちろん、ラーメンマンは俺が唯一師匠と呼ぶ人だ。今俺がお前に教えている技のいくつかも、元々俺があの人に教わったものだしな。」
「さっきのキックも?」
「ああ、そうだ。・・・だが、単純に尊敬と言っても、色々あるからなぁ・・・。例えば・・・そう、ロビンマスクがいい例だが・・・。彼の機知に溢れた戦闘術は尊敬・・・というか敬服する限りだしな。そう言い始めると、きりが無い。」
「そんなに沢山いらっしゃるんですか?」
「ああ。あの頃の正義超人軍団の仲間達は、本当に凄い奴らばかりだったからな。それに、唯でさえ俺はその中でも若僧だったし・・・。ただ勢いに任せて突っ込むばかりだった俺にとっては、彼らは皆、十分尊敬に値したさ。」
共に戦った仲間達の、他に類を見ないあの死闘の数々ですら、もはやこのジェイドを始めとする“次の世代”にとっては、絵物語と同義になりつつあった。
どんなに偉大な功績を残した者であっても、過ぎゆく時間の前には無力に等しい。だからこそ人は己の生きた“証”にこだわるのだろうが、特にその証にこだわり、囚われ続けた自分にとっては、少し物足りない思いに駆られてしまうのも否めなかった。
―――まあ、それだけ揺るぎない平和をもたらせたという事でもあるのだろうが・・・。
ふと馳せた思いに、先頃ジェイドに向けたものとは異なる類の苦笑を洩らした俺を、ジェイドは口をぽかんと開けたままじっと見つめていた。
「・・・ん?」
「え・・・、いえ・・・。レーラァにもそんな時期があったんだなって思って。」
「ははは・・・そりゃあ俺にだってあるさ。・・・というよりも俺の現役は、結局そんな勢いばかりで終わってしまったんだがな・・・。」
「あ・・・。」
その何気ない自分の言葉に敏感に反応したのか、ジェイドの眼には瞬く間に困惑と憂いの表情が表れた。
弟子の、この相変わらずの反応の良さには、自分の方がむしろ困惑してしまう。
―――これは俺個人の問題。お前が気に病む事ではない。
その意思を出来るだけ的確に伝えるべく、俺は笑いながらジェイドに向かって体を屈めると、その頭を少し乱暴に撫でてやった。
「なんだ・・・。そんな顔をするな。」
「だって・・・。」
「確かにそれを恨んだ時期もあった。だが、今は違う。もちろん悔やむ気持ちは変わらないが、それでもそういう事があったからこそ、俺は今、お前の師という新たな活路を見いだせているのだからな。」
「・・・・・・はい、レーラァ!」
自分の手に余る程小さなジェイドの頭。
親が子供に抱く愛情は未だよく分からない――恐らくこればかりは一生理解する事は出来ないだろうが――が、やや癖かかったその髪の、手の平に伝わる柔らかな感触は悪くないと思えた。
「・・・で、お前の質問だが・・・。」
「はい。」
「そうだな・・・。こういうものはそもそも、順位や優劣をつけるものではないとは思うが・・・。だが、それでも、色んな意味で最も“特別な”人は居る。」
「ラーメンマンさんではなくて?」
「ああ。」
「お父さんでもない・・・。」
「ああ。」
「親父は俺に真っ直ぐ生きろと言った人。ラーメンマンは俺にそのきっかけをくれた人。そしてあの人・・・。その特別な人は、その道で俺に何より大きな自信を、そして誇りをくれた人だ・・・。」
“・・・またな。”
波の音に混じって聞こえた、あの人の最後の言葉を思い出した。