「ここは・・・。」
「ああ。見てのとおりだ。」
Jr.の歩みが止まった場所。小高い丘の上、木々の合間から市街の街並みが僅かに覗く、そこは、墓地だった。
整然と並ぶ墓石は、そのどれもがかなり立派な造りをしていた。
ジェイドは何気なく一番近くの墓石に歩み寄った。特に風雨による劣化の激しいその石には、驚くほど古い年代が刻まれていた。
その多くの墓は、意匠も、そして色も様々であったが、全てに共通するのは刻まれたファースト・ネーム。
それらは全て、ジェイドの師の、つまりはJr.の名前だった。
―――そうか。ここはレーラァの・・・。
大切な家族、尊うべき歴代の先祖達の“終の”棲家。
ジェイドの育ての親もまた、このように立派なものではないにしろ、同じように石の下に眠っている。
彼はその意味を年齢相応以上に理解していた。だから彼の顔は自然と神妙な面持ちになった。
そんなジェイドがふと目をやると、Jr.は勝手知ったる様子で、迷い無くある墓地の前まで進み、そこで膝まづいた。
Jr.の視線の先、比較的新しいその白い石に刻まれた年代は、今の西暦からJr.の年齢を差し引いた数より僅かに大きかった。
師の手にした花が、そっとそこにたむけられる。
白い百合。白い墓石。その前に膝まづく、漆黒の軍服を纏う白い肌の師。
この様子に似た絵もあったような気がする。漠然とそんな事を思いながら、ジェイドはそっと師の後ろに立つと、そのまま静かに言葉を待った。
「俺の母親の墓だ。」
「・・・え。」
「物心つく前に死んだからな・・・。顔も良く知らん。写真くらいあるんじゃないかと、小さい頃に何度か、邸の書棚をこっそり探してみた事もあったがな。結局何も見つからなかった。」
「・・・。」
「だから俺がこの人について直接知っている事は何も無い。俺にあるのは親父の話と、この人が選んでくれたらしい何冊かの本。あとは・・・、いや、それくらいのものかな。」
「・・・。」
「だがそんな親父の話すらも、思い出せない事の方が多くなってしまった。その頃書いた日記を読み返してみたところで、何せ六つ七つのガキが書いた文章だ。当たり前だが肝心な情報に限って何も書いちゃいなかった。」
「・・・。」
「だが今・・・五十年近く経った今でも、この人の事を話す親父の顔だけはよく覚えている。親父は俺だけには優しかったが、この人の話をする時の表情が、子供ながらに一番好きだったな・・・。」
墓石に向かったまま、穏やかな口調でそう言うJr.は、ふと隣の石に目を移した。
そして、何かを思い出したように、一瞬口元を綻ばせた。
ほんの数分前、師の横顔を見て思い出した絵画が再びジェイドの脳裏を過ぎった。
―――きっと綺麗な、そしてきっと、優しい人だったんだろうな・・・。
ジェイドは黙って聞いていた。
彼もまた、産みの親の顔を知らない。その独特な寂しさを実感として理解している彼だから、余計に何も言えなかった。ただ、師の次の言葉を待つ事しか出来なかった。
しばしの穏やかな沈黙。そしてJr.はまた淡々と、その白い石に向かって話し始めた。
「最後にここに来たのは、もう何十年も前になる・・・。」
「・・・。」
「忘れた訳ではない。俺に命をくれた、そして親父が俺以外に唯一愛した・・・大事な人だ。毎年、この日になる度思い出してはいた。」
「・・・。」
「だが結局、ここに来る事は出来なかった。どんな顔をしてここに来ればよいのか、分からなくてな。折角与えてもらった時間を無駄に流す事しか出来ない自分には、ここに立つ資格など無いと、そう思っていた。」
「・・・。」
「全く、情けない話だ・・・。」
そこまで話したところで、再びJr.の言葉は途切れた。
普段の師からは想像も出来ない程穏やかで憂いに満ちた言葉に、ジェイドはようやく車中の師の普段と違う様子の訳を理解した。
―――そうか。だからレーラァは・・・。
車中の表情、花を撫でる指の動き。それも全てはこの、久方ぶりの訪問に端を発していたのだった。
いよいよ掛ける言葉を失い、その場に立ちすくんでいたジェイドだったが、ふいに体の横で握っていた自分の手が何かに包まれたのに気付いた。冷たくて大きな、それがJr.の手である事が分かった時には、既に体は師のすぐ傍らまで引き寄せられていた。
膝まづいたJr.の頭は、丁度立っているジェイドの肩先と同じくらいの高さだった。
相変わらずその視線は墓石に向けたままだったが、横顔に湛えられたその表情は、その日ジェイドが見たどの表情よりも安らかだった。
そして再び開かれたJr.の口から出た言葉に、ジェイドの頭は真っ白になった。