「ジェロ、ちょっと来い・・・!」




 俺はもはや抑えの効かなくなった己の感情に突き動かされるように、隣の男の二の腕を取り会場を飛び出した。



 時間超人と名乗る奴らの突然の出現により、急遽再び行われる事となったタッグ戦。
 その試合に俺は選手として出場する事を諦め、今自分が手を引く男――ジェロニモと、マシンガンズのセコンドに収まっていた。


 出場を諦めた理由は、二つ。一つは、先の試合で負った傷が癒えていなかった為。そしてもう一つは、タッグに必要不可欠なパートナーの不在だった。
 
 委員長が再度タッグトーナメントを開催すると宣言した時、俺は再び訪れた戦いの機会に胸を高鳴らせ、しかし同時にぶつけようのない苛立ちに苛まれた。


 服の下で未だ疼く腹の傷。
 苛立ちも、そして己が今抱く何もかもも、全てはこの傷に端を発していた。



 先の大会。突然リングに現れた乱入者達に、俺と俺のパートナーだったウルフはいともあっけなく戦闘不能にされてしまった。


 悔しかった。何も出来なかった。
 その上、またもや仲間に手を差しのべられた自分が、情けなくて仕方なかった。


 ―――しかも、また師匠に・・・。


 一回戦の自分の相手が師匠であるラーメンマンであったという事実がはっきりしたのはその後の事だったが、その事実はまともに戦うことすら叶わなかった自分をさらに打ちのめした。


 ―――そしてその師匠に選ばれたあいつにまで・・・。


 俺の“けじめ”と称した申し出に従いフォールをしたのは、師匠ではなく、その師匠にパートナーとして選ばれた男――バッファローマンだった。

 敵の技をもろにくらい、その敵の体が杭となりコーナーに磔にされた俺達を、観衆の非難から守ろうと真っ先に行動したのも奴の方だった。もちろん、その行動自体は感謝して余る。けれど同時に、奴にまでそんな情けに満ちた行動をさせる自分のふがいなさに、歯噛みせずにはいられなかった。


 師匠にフォールの役回りを促されてもなお戸惑い、足元に力無く転がる俺を、バッファローマンはその黄金色の目にありありと憂いを湛え見下ろしていた。そしてその後、ゆっくりと俺の前にひざまずくと、血の噴き出す俺の腹を気遣ってか、その巨体には不釣り合いな程慎重に――まるで女子供を扱うかのように――、俺の体を組み敷いた。

 試合の終了を知らせるゴングの後、俺の体から離れる奴の上着には、僅かな血も付いてはいなかった。


 ―――こんな傷を負わなければ。こんな傷を負わないですむ程度に、せめてもう少し自分が強ければ、ここまで悔しい思いをする事もなかったのに。そして、以前よりいくらか成長した自分を、師匠に見せる事も出来たのに!


 自分の記憶は、二人の手によって担架に乗せられたところで途切れていた。

 そして再び目覚めた時には、乱入者達の姿はもうどこにも無かった。



 そんな、情けないの一言に尽きる先のトーナメント。そして折角訪れた今回のチャンスを目の前に、今度は参戦すら叶わなかった自分にとって、リザーブマッチという委員長の気まぐれは、ひたすらに抑えていた戦いへの欲望をもはや制御できない程掻き立てたのだった。


 「・・・急にどうしただ?」

 
 何の説明も無く俺に手を引かれ、会場外の廊下に連れ出されたジェロニモは、その突然の出来事にただ戸惑っていた。


 「俺とタッグを組まねぇか?」
 「・・・え!?」
 「リザーブマッチだよ。しかも相手は、このままいけばあの時間超人とかぬかす奴らだ!これは出るしかねぇだろ!」
 「そういう・・・、事・・・。」


 これまた突然の提案に、奴はさらに戸惑い、けれど赤土色に光る髪の奥の目が一瞬輝いたのを、俺は見逃さなかった。



 俺と共にキン肉マン達のセコンドを申し出たジェロニモもまた、俺と同じ理由でこの大会の出場を諦めていた。


 晴れて念願の超人となり、テリーと共に先の大会に出場した奴。しかし一回戦で対戦した、かつて人間でありながら勝利を収めた曰く付きの相手に、声と並び命でもある右腕を潰され、程無くマットに沈んだ。

 そして再び開催されたこのトーナメントに、奴のパートナーは迷う事なく――もちろん、諸々の経緯・事情を考えればそれは当然の事ではあったのだが――、キン肉マンとの出場を決めた。



 ―――多分こいつも、俺と同じ・・・。俺が戦いたいのと同じように、こいつもきっと、戦いたいはず・・・。


 肉体同士がぶつかる音、リングやロープの軋み音、人々の歓声。
 そして血の色、血の匂い・・・。

 目の前で繰り広げられる死闘に五感の全てが反応し、己の血や肉が湧き立つ感覚を持て余していたのは、俺だけではなかった。


 ―――一度でも多くリングに立ち、戦いたい。そして一歩でも仲間に近づきたい・・・。

 ―――俺と“同じ”お前なら、絶対そう思っているはずだ。


 直接奴と言葉を交わした訳ではない。だか俺は、その推測に絶対の自信を、そして確信を持っていた。