窓からの弱い光が差し込んできた。いつもの事だが、外は朝靄がかかっているのだろう。
ベッドのそばの時計を一瞥し、溜息と共にゆっくりその半身を起した。
まだかなり早朝ではあったが、かれこれ一時間近く枕に顔を埋めて目を閉じ、それでも眠りは訪れなかった経緯は、再び眠る事を諦めるのに十分だった。結局睡眠時間は三時間にも満たない。しかもはっきりと覚えてはいなかったが、ずっと夢を見ていたような気がする。モヤモヤとした不快感が脳裏に残っていた。そして二度目の溜息をつく。
「・・・けっ。何なんだよ、全く・・・・・・っ!?・・・。」
舌打ちと共にベッドから起き上がったその時、軽い眩暈が襲った。倒れはしなかったが、壁に手をつき体を支える。寝起きのせいであるはずもないなら、一体理由は・・・?
―――ここ数日の生活に理由になりそうな事はあっただろうか・・・。
寝癖で乱れた髪を掻き毟りながら、身支度を整えるべくバスルームへ向かった。
不眠も眩暈も、今日一日の事であれば全く気にはしない。しかしこの一週間、毎朝このような症状が続いていると、さすがに不安になってくる。しかも次の週末には年に一度の、超人委員会から義務付けられている体力測定会があるのだ。
徽章を継いですぐに提出したデータはだいたい覚えている。会場に赴いて計測を受けるのは初めてだったが、確か前のデータより悪いと何かしらの小言をもらい、さらに改善の指導を受けねばならなかったはずだ。先の悪魔超人との戦いで、キン肉マン、ロビンマスクをはじめとする正義超人の中核に加わる事が出来たばかりの今、自己管理一つ満足に出来ないなど、死んでも思われたくはない。
―――ただでさえ自分は一番年下で未熟なのに・・・。
バスルームの壁に掛かった鏡に上半身裸の自分の姿が映る。
超人としては薄い胸板。真っ白な肌。そして今はスウェットパンツに隠れているが、主張に乏しい腰から脚にかけてのライン・・・。普段軍服に包み隠したその体は、俺にとっては全てコンプレックス以外のなにものでもなかった。しかも――
「・・・まさか・・・痩せた!?」
慌てて乗った体重計の針は、公式データのそれよりは少ないものの予想よりは若干大きな数字で、ひとまず安堵の――今日三度目の――溜息をついた俺だったが、ふいに頭をよぎった記憶に顔を強張らせた。
徽章を身に付け、死の苦痛にも無事耐え、晴れて超人になったその日の夜。父から聞かされたいくつもの話の一つ。既にその前から断片的に色々な人間が話していて、なので別段驚く事は無かったが、それでも少し溜息の出た話の一つ・・・。
―もしも、徽章が望む処の血を拠り所が与えなかった場合、今度は僅かずつ拠り所の力と血を奪い、死期を急速に早める。
―――拠り所の・・・。
―――力と血を・・・。
―――奪い・・・・・・。
どれだけの時間そうしていたのか分からない。いつの間にやら床にへたりこんで宙を仰いでいた。
あの日。
あの人に、『正義超人』として大成すると誓った日。
血を浴びる為だけに習得したいくつかの技を封印した日。
そして、「狂気」より「死」を選択しようと決めた日。
―――あの日から幾月も経っていないのに・・・。
「・・・ファーターはちょっとずつって言ってたよな・・・。こんなに早えぇの・・・?」
自分の両の手のひらを見つめる。酷く汗で濡れていて、まるでその汗が不安を表しているように思えた。
慌ててスウェットパンツの腿の部分に手のひらを擦りつけた。
後悔はない。けれど、自分が思っていたよりも現実が残酷な事に、少しだけ泣きそうになった。
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それから一週間ばかり経ったある日の日本には、いつもの人懐っこい、彼の笑顔と笑い声があった。
そしてもちろん、久しぶりに再会した周囲の友人は誰ひとりとして、そんな些細な彼の変化に気付くはずもなかった。