その日、珍しい訪問客が来た。



 超人オリンピックはキン肉マンのV2で幕を閉じ、ラーメンマンを故郷の弟子と名乗る相手に引き渡した後、俺は国に戻り変わらぬ毎日――トレーニングの内容を除いて――を送っていた。


 “師匠”ラーメンマンに直接教えを受けた期間は本当にごく僅かだったが、それでも自分にとって得るものは余りあった。記憶が確かなうちにそれを体に叩き込むべく、毎日欠かさず鍛練を行った。
 記憶が日増しに自分のスキルへ変わっていく過程はそれだけでも楽しかったし、何より、いつか成長した自分を見てもらうのだという想いが、一層の意欲をかき立てた。

 しかし、一方で遅々として進まないもう一つの「課題」に対しては、頭を悩ますばかりだった。
 それは、自分の一番の必殺技であり一族のお家芸でもある、ベルリンの赤い雨の「力の抑制」。

 もともと一撃必殺、しかも「殺人」技であるそれを、格闘技の技に転嫁するのは、当初の目論見以上に至難を極めた。ただひたすらに、もっと早く、もっと強くとそれだけを目指して、また要求されて、十年以上も特訓を重ねた自分にとって、「力を抑える」などという観点がそもそも無いに等しかったから・・・。

 それでも、クリーンファイトに徹する事を誓った限り、諦める訳にはいかない。
 何度も何度も、今は遠い師匠の顔を思い浮かべながら、手を動かし続けた。



 そんな日々を過ごしていた時、その黒い客は訪れた。


 「・・・ウォーズマンか。」
 「・・・久し振りだな。」
 「・・・。」
 「・・・。」

 なぜここに?――という、ごく単純な疑問が頭に湧くも言葉にならなかった。

 だって無理もないじゃないか。奴は師匠を再帰不能にした張本人で・・・。


 もちろん、師匠との一連のやりとりを通して自分も少しは成長しているようで、短絡的に奴を「恨み」や「仇打ち」の相手と考えるような事はしていなかった。ただ、一体どう奴と接すればよいのかという答えを、自分の中に持ち合わせていなかったのだ。


 ―――師匠ならどう接するだろうか・・・。


 沈黙はしばらく続いた。二人、ただその場に立ち、お互いの視線を合わせたままで。
 思えば奴の顔をこんなに正面から見た事は無かった。マスクの目から放たれる鈍い光が、唯一外から窺い知れる奴の素の部分。暗く冷たい外見全体に対してそれは本当にごく僅かだった為、その時初めて気付いたが、その光は、何というか、とても「真っ直ぐ」という印象を自分に与えた。


 先に沈黙を破ったのは、奴だった。

 「これからすぐ、日本に行かないか?」
 「日本?」
 「ああ。キン肉マンやミート君の件だ。こちらでも耳にするだろう。」
 「そりゃ知ってる。でも何の為に?」
 「キン肉マン達の力になる為だ。」

 いつも察しの悪い俺は、その言葉でようやく分かった。奴の目に見た「真っ直ぐ」なものの正体はこれだったのだ。


 奴・・・ウォーズマンは、苦しい過去を背負いながら、人を傷付けても自分が傷付けられても、敗北しても、それでもちゃんと前を向いていた。そしてさらには、かつての敵の窮地を救うべく、行動を起こそうとさえしていたのだ。
 酷く閉鎖された環境の中育った為か、自分はすぐに外から目を逸らし、殻に籠る癖があった。しかしそれでは駄目なのだ。もっと周りを見なければいけないのだ。自分だけがもがいている訳ではないのだ。そして生が苦しくない者などこの世にはいないのだ。
・・・皆、同じなのだ。

 「・・・お前、すげぇな。」
 「ん・・・?」
 「だってよ。何かよ・・・・・・。よし、行くぜ!役に立つかどうかは分かんねぇけどさ。」
 「立つさ。」
 「そうかな。」
 「そうさ。ロビンマスクのご指名なのだから間違いは無いさ。」


 気づけば自分は、すっかり奴に心を開いていた。先程のわだかまりは跡形も無かった。
 直接ではないが、俺はまた師匠から大切なものをもらった。自分を必要としてくれる仲間、思いやる気持ち、体と命を張れる場所―――。

 「じゃあ行くか。時間もったいねぇもんな。」
 「準備だとか、誰かへの言伝だとかは必要無いのか?」
 「いいさ。んな相手とかいねぇし、仕舞い込む程大事なもんとかも無ぇし・・・。」
 「はは・・・お前もそうなのか。」

 大事なものはいつも持っていた。一族とファーターから継いだ髑髏の徽章。ファーターと師匠との記憶。この二つがあればいい。



 そして俺と奴は、お互いの握り拳を軽く突き合わせた。コツンと小気味よい音に二人して軽く笑いあい、並んでその場を駆け出した。