《  自分で自分を、幸せにするちから》

その子の名前は、リコちゃん。

私は、リコちゃんが2年生のとき、受け持ちました。

おかっぱ頭のリコちゃん。
小さくて細くて、大人しい女の子でした。

リコちゃんは、なかなか声を出しませんでした。もちろん。手を挙げて発表することもありませんでした。

 
 

でも、あるとき…

将来の夢を発表する場面で、リコちゃんは手をあげたのです。

まわりの子供たちも、リコちゃんが手を挙げたので、びっくりしました。

「リコちゃん」と、私が名前を言うと

おそるおそる立ち上がり

下を向いたまま、小さい小さい声で言った

「かしゅ」という夢。

 
 

私は、とっても嬉しくなり

『リコちゃん。歌手になりたいの?!
なれるよ。リコちゃん。』

と、言うと、

下を向いていた顔をあげ、ニッコリと笑ったリコちゃん。

 

それから、私は、リコちゃんに話しかけるようになりました。

『リコちゃん。歌手は、みんなの前で歌わないといけない。だから、手を挙げて発表することで、みんなの前で声をだす練習をしよう!』と。。。

そこから、私とリコちゃんの『リコちゃん歌手計画』が始まったのです。

 
まずは、手をあげる所から。

ドキドキしながら、手を上げるけれど、手はあがってなく、水平。

それでも、私は、嬉しくてたまりませんでした。

まわりの子供たちも応援します。

次の日は、30度くらい。

次の日は、45度くらい。

そして、1ヶ月くらいかかって、リコちゃんの手は、まっすぐに上にあがるようになりました。

 
 
次は、発表。

みんなの前で、声を出す練習。

はじめは「はい。」から。

そして、「いいです。」

そして、「おなじです。」…

リコちゃんは、まわりの子供たちの励ましの力によって、少しずつ声も出せるようになっていきました。

  



私は、子供たちに、いつも言っていました。

『神様は、あなたたちに、平等に、幸せにする力を与えてくださったんだよ。 

あなたたちの中には、自分で自分を幸せにする力がある。

誰かが幸せにしてくれなくても、自分が自分を幸せにするんだよ。』

このことを、何回も何回も伝えていました。

 
それは、
クラスをもったとき、たくさんの子供たちの環境がバラバラであり、私の目の前にきたときには、すでに 平等ではなかったからです。

たくさんお母さんやお父さんから愛情を与えてもらっている子もいれば・・

ネグレクトの親に育てられ、朝ごはんも食べないで学校に来る子もいました。

お母さんが、夜の仕事で朝方に帰ってくるため、学校から帰ってきた時、一人ぼっちで過ごす子供たちもいました。

 

いろんないろんな環境の子供たちがいて、いろんないろんな家族がありました。

そんな中で、子供たちの「生活」があり、そこで、子供たちは、「生きて」いくのです。

 
お母さんの夜のお仕事が悪い…とは、言えない。それは、一生懸命に働いている姿があったからです。

 
でも、子供たちは、一人ぼっちの家の中で、やっぱり寂しい想いをしていました。

そんなとき、私の胸は痛くなりました。
 

~平等ではないんだ。子供たちが生きていく世界は平等ではないんだ。~

その当たり前のことを、わかってはいるのに、認めてしまうと悲しくてたまらず、認めきれない自分もいました。

 
そんな私が、最後にたどり着いたのは

『自分で自分を幸せにする力があるんだ』ということ。

 
たとえ、どんな環境にいても、幸せだと思えること。その中に、幸せを見つけられる力。 

 
それは、平等に神様に与えられているんだ。

 
そこに、たどり着いた私は、このことを、子供たちに、何回も何回も伝えました。
 
 

「たとえ、どんな環境になろうと、幸せを見つけられる力が、あなたたちにはあるんだよ。先生のこの言葉を覚えているんだよ。」

 
私は、子供たちが、この言葉さえ覚えていてくれたらいいとさえも思いました。

 
  
・・・

 
リコちゃんにも言いました。

「リコちゃん。リコちゃんの心の中には、自分で自分を、幸せにする力があるんだよ。だから、それを信じて、いつかみんなの前で歌を歌って、今度は、みんなを幸せにしてね。」 
 
そんなとき、リコちゃんは、ニコッと笑うのでした。

そして、リコちゃんは、少しずつ、みんなの前で、自分の考えを発表できるようになっていきました。

2学期になると

その声も大きくなっていきました。

いつも下を向いていた顔も、いつのまにか、いつもニッコリ笑顔の顔になっていきました。

 
2学期の終わりの「お楽しみ会」のとき。

リコちゃんは、はい!と手を挙げて

「歌います!」と言ったのです。

  

私も、まわりの子供たちも、びっくり!
 
 
 みんなの前に出てきたリコちゃんは、ちょっと緊張した顔をして、そしてそれから笑顔で歌ったのです。

♪♪歩こう~歩こ~。わたしはげんきー♪♪

トトロの「さんぽ」の歌です。 
 
 
リコちゃんの透明な歌声は、教室に響きわたりました。

みんな、リコちゃんのあとについて歌ったのです。

いつのまにか、クラスみんなで「さんぽ」の歌を大合唱しました。

 
私も、リコちゃんもクラスのみんなも幸せでした。

 
 ・・・

でも、3学期になったある日の放課後。

リコちゃんとリコちゃんのお母さんが、急に、学校にやって来ました。

「先生。今日、転校します。今から、転校します。」

私は、お母さんが何を言っているのかわかりませんでした。

『えっ?お母さん。転校するのですか?
どうして、急に?』

「先生。あいつが帰ってくるのです。刑務所から、あいつがでてくることがわかったのです。だから、今すぐ逃げないといけないのです。」

私は、言葉を失いました。

 
『お母さん。せめて、明日…。
リコちゃんとみんなとさよならしてから。』

 
「それでは遅い!遅いんです!!
今から、ここを離れないといけない。」

 
 リコちゃんは、まくしたてるお母さんの隣で、じっと下を向いたまま。
私の方を見ませんでした。 
 
 
それから、お母さんは、教室に行き、
大きな袋に、リコちゃんの体操服や色鉛筆やノート、上靴…を、凄い勢いで入れていきました。

 
そのお母さんの横でも、リコちゃんは泣きもせず、下を向いたままでした。
 

お母さんが、リコちゃんの全ての荷物を入れ終わって、私のところにやってきて

「先生。お世話になりました。」

「リコ。あいさつしなさい!」

 
そう言っても、リコちゃんは、私の方を見ないで、頭を下げました。 
 
 
 

そして、振り返り、お母さんのあとを着いて歩きだそうとしたとき
 

私は、叫んだのです。
 

リコちゃんの後ろ姿に叫んだのです。
 
 

「リコちゃん!

神様はね。 

自分で自分を幸せにする力を与えたんだよ。

みんなに。

平等に。

だから、だから、

リコちゃんも、

自分で、自分を幸せにできるんだよ!!」
 
 
 

そう叫ぶと

リコちゃんは、振り返り

私の方を見て

目にいっぱい涙をためて
 
 

「せんせい!」

と言ったのです。

  
 

私は、たまらなくなり

リコちゃんのところに駆け寄り
 
 

「リコちゃん。大丈夫だ。

リコちゃんは、幸せになれる。

歌手だって、なんだってなれる!」
 
 

そう言うと、 

リコちゃんは、ポロポロと涙をこぼし…
 
 

「リコは、もっと歌いたかった。

みんなの前で歌いたかった。

リコは、 

ずうっとずうっとここにいたかった。」
 

 
そう言って、

そして、

お母さんの後を追いかけて

走っていってしまいました。

  

 

教室に残された私は

悔しくて泣きました。
 
 
 
 

私の力はこれだけか?

なんにもできないのか?

ここまでなのか!
 
もっと歌を歌わせてあげたかった。

みんなと一緒に笑わせてあげたかった。

もっともっと抱きしめてあげたかった。
  
 
 

 
あの時ほど、悔しくて泣いたことはありません。
 

 それからの、
リコちゃんの消息はわかりません。
 
 

でも、せめて、せめて願わくは、

リコちゃんの心の中に、

「自分で自分を幸せにする力」があるのだ!

ということが入っていてほしいと思います。

  

 
私は、私と出逢った子供たちが、みんな幸せであってほしいと願います。

たとえ、苦しいことがあったとしても、その中に、ちゃんと「光」を見い出し、そして幸せな人生を送ってほしいと願います。
 

そして
きっと、あのリコちゃんは
今でも、どこかで、歌ってくれていることを願っています。