わかりゃしない -12ページ目

わかりゃしない

そんなわけがない

生きていくうえで大事なことは

いかに平穏に暮らせるかという事


僕は色々なことが怖い

楽しいと感じる能力が低い


そんな僕でも、年に多くて2,3回は楽しいことが起こる

複数の人間と楽しいことをして、楽しい時間を過ごすという物だ

これは、年によってばらつきもあるが、全くない年もある


僕はその楽しい時間の後が怖い

何もない自分に恐怖する 泣きたくなる


べたなぎ、無風、無味

そんな人生で十分だ。

もうこれからは仕事で感謝されることはないだろう

0かマイナス、そういうものの積み重ねで人生を過ごす


だから、人との距離感が分からないんだろう

でも仕方ない。



いつも言われて困ることがある

「お前は何が楽しくて生きているの?」

本当にない


来週のドラマが楽しみで生きている

今度美味しいものを食べに行く

旅行を計画している

・・・という些細な願望も生まれない


今僕は、楽しいって何か忘れた

テレビで楽しいことをいう芸人さんで、笑うのとは違う

自分に巻き起こる、自分の世界の中で起こる「楽しい」というものが

思い出せない



区切りを迎えた

昨日までに本当は、達成させたかったができなかった

ゆえに今年の春先から考えていたことができなかった

一つの挫折である。


これにより、いくつかの縁が切れるんだろうか?とも考える

・・・・切れるというより、縁が離れていくと言ったほうがいいかもしれない


原因は何か

縁がなかったという事だろう


1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった

1から築き壊していった


1から築き壊していった

また1から・・・



何度作っても維持できない


 人生を設計する上で、「どこに落ち着くのか どこを終の棲家と考えるのか」

重要な問題だが、正直決めていない。心としては決まっている

個人としては結婚もないだろうし、人を「LOVE」の意味で好きになることはもう考えにくい


日本語が通じさえすれば、どこでも構わない。ただ、長男という立場上、そこに修正が入ってくる

実に問題だ。


 恋人は居ない。ネットが繋がれば人との繋がりが切れるという事は少ない。

常に会わないといけない人間は今の僕には存在しない。

僕の偏った知識のおかげで、僕を使用する人間は居るかもしれないが、所詮辞書

僕を必要な人間なぞ、この先出るわけもない。存在価値なぞ無い

僕には「いいね」一つ付かない、誰も共感することのない日記を書くことがせいぜいだ

ひらたく言えば、不器用であり欠陥のある人間だ。無いものねだりをしていて

疲れてしまっているといえる。


人間を親友、友人、知人、その他とカテゴリーに分けた場合

僕目線で、親友友人という位置にカテゴリーされている人間の数は

人の指の本数にも満たない。 口では色々言うが、本音と建前を

使い分ける輩が多いともいえる。


僕は楔となるものが、少ないのだ。それを自由と捉えることは間違っているんだろう。

友達が少なく、距離を置かれ、人の付き合い方、人との距離感が分からない

哀れな男の戯言だ。


ただ、僕は物言わぬ人形じゃない。考えない人形じゃない。

人生の周期として、また戦いを挑んでくるやつが出てくるだろう

で、人に期待してしまっていた自分に嫌悪するのは疲れてしまう

今度は容赦はしない。