昼食です。

ミャンマー春巻き凄くウミャー(名古屋風) 左の薬味?干しエビの甘辛焼、もう最高・・・・・
運転手さんのお願いした、肉野菜炒め、味見どうぞというので遠慮なくいただくと、まいうー以前よく行った代々木のアンコールワットの味と似ている。当然しゃきっとしてうまい、

まず、運転手さんには失礼して、
まずまずミャンマーのビールは凄くうまいです、日本のプレミアムビールよりうまいかも。

ふっと片隅を見ると、なんとビルマの竪琴、水島上等兵に敬礼

焼きそば、牛肉、あと何か?本当にうまい、R君もうまいとおっしゃいました。ガイドさんがあまり食べなかったので心配でした。
BGMは昔懐かし、アラモの砦、よくアメリカ人も来るようです。
次回行くときは、埴生の宿と仰げば尊しを持っていきたいです。昔欧州に行ったとき聞いた、里の秋も絶対いいよ、ちょっと待っててね、
アイルランド民謡かもしれないし・・・ 今調べました、純国産の歌でした。なんと1948年童謡にするのに書き換えてようです。wikiによると1941年斉藤信夫と言う国民学校の教師が太平洋戦争の始まりに高揚感を覚えて作詞し作曲家海沼實に送った詞です。原詩を読むと、1・2番は今と同じ3・4番は戦時真っただ中です。
原詩です。
1、 しずかなしずかな里の秋、お背戸に、木の実の落ちる夜は、ああ母さんとただ二人
栗の実煮ています、囲炉裏端、
2、 明るい明るい星の夜、鳴き鳴き夜鴨の渡る夜は、ああ父さんの、あの笑顔
栗の実食べては想いだす。
3、 きれいなきれいな椰子の島しっかりまもってくださいと、ああ父さんのご武運を
今夜もひとりで祈ります。
4、 大きく大きくなったら、兵隊さんだよ、うれしいな、ねえ母さんよ僕だって
かならずお国をまもります。
3・4番は初めて知りました。そういう曲・詞がたくさんあるんでしょうね。そこで1948年海沼實が童謡として依頼されたとき斉藤信夫を東京に呼んで書き換えてもらった詞が現在に伝わっているようです。歌の名も最初は「星月夜」という名だったそうです 。随分横道にそれました

音楽付きのセパタクロウをやっていました。

チャイプン・パヤーに着きました、のどかー。帰途に就く。

野ざらしの4面仏様


八曜日(木曜日・ネズミ・西)