あぁ、

携帯っていいことも悪いことも連れてくるね。
ポケベルが主流だった頃は連絡が来るたびに公衆電話まで走って声を聞きに出掛けたけど、そのうち学生でも電話が持てるようになって、手元で通話が出来るようになった。
それからはメールが携帯で出来るようになって、伝えたいことをすぐに文字で伝えられるようになった。

便利だな。って仲間で楽しんでいたけど、格段に会話の時間は減ってしまった。
それからはネットが見られるようになり、辞書よりもすぐに様々な情報を手にできるようになり、更にラインとかフェイスブックとかが出来てみんなの状況を知れるようになってきた。
それが嬉しくもあり、淋しくもあり、苦しくもあるなと思っております。
知らなければ良かったことを知ってしまったり、つい気になることを調べてしまったために苦しんだり。
そんなネガティブな話をこんな風に垂れ流してしまう。

もちろん嬉しい報告を知ることも。
今朝は昔の生徒のいい話を人伝に知りました。

最近暇だと見てしまう携帯。
何かやることを探そう。
くだらない話に苦しみを味わうよりは、ナンプレとかやったりしてる方がいい気がする。
くだらなくないから苦しいのだけど、わざわざそこに入る必要はないんだな。

便利になった携帯電話だからこそ上手に使って、日々の「ただの便利ツール」にするのがベストだなと思います。

携帯のことばかり気にして目の前のことを信じられなくなるようなことはありませんか?
目の前に見えていることを俺は信じたいと思います。

初めて外から携帯電話で話をした時のような清々しさで、もっと前の、初めて女の子の家に電話をした時のドキドキで。

便利さは便利に使わないと。
あくまで人と人の対話っての携帯電話だってことを忘れないように。

どんなに進化しても、

結局最後には「会話が最高」なのだから。

顔を見たい。

声を聞きたい。

一緒に過ごして一緒に笑いたい。

最後はそこに辿り着きたい。