世界はどうやってか、東と西に分けられている。
アジア地区を東洋、欧米地区を西洋と呼び分けている。
どの国で分けるのか、髪の色で分けるのか
具体的な線引きはないはずだが。
それでも モノの見方という視点では 東と西では大きく違っているのだそうだ。
>1枚の写真を見た時、ヨーロッパ人を先祖に持つ米国人の学生が
前景に写っている物により多くの注意を払うのに対し、
中国出身の学生は背景の観察と全体像の認識に
より多くの時間を費やすことがわかった。
東西出身の学生をそれぞれ25人程度集め、1枚の写真を見た時に
その目の動きを調べ、どこにどのくらいの時間費やして見るのかを調査してのだそうだ。
中国文化では調和が鍵になるのに対し、西洋では物事を遂行する方法を
見つけることに重点が置かれ、他人にはあまり注意を払わないという。
さらに、こうした見方の違いは何千年も前の社会生態や経済にまで遡って確認できる。
文化の違いは国によっても違うことが取りざたされているが
モノの見方そのものが これほど違うもの、しかも何千年も前からの
DNAに染み付いた 『感覚』 そのものであるとは思いも寄らなかった。
さらに、この研究ではアメリカ人と日本人に 水の中の写真を見せてもいる。
>米国人は、最も鮮やかな色をしたものや動きの速いもの、
たとえば、マスが3匹泳いでいるといったことを最初に答えたが、
日本人は、水の流れが見える、水は緑色だ、底に岩があるなどと言った後で、
魚のことを話す傾向が強かった
自分が同じ写真を見せられて、なんの説明もなしに
「これはどんな写真ですか」 と質問されたら・・・
どんな答え方をするだろう。
もしや 言葉の組み立て方の違いも影響するのだろうか。
西洋の言葉は 比較的 主語のすぐ後に述語がくる。説明はその後だ。
日本語や韓国語など、東洋の言葉は 主語の後に修飾語や説明があり、最後に述語で終わる。
そのため多少回りくどい説明の方法をとるのかもしれない。
どちらが優れているというわけではない。
お互いがそれぞれを認め合い、許しあう事で
東も西も関係なく 世界が一つになると思うのだ。