あの惨事から1ヶ月が過ぎようとしている。
JR福知山線の脱線事故である。
私の知り合いや身内に あの列車に乗り合わせた人はいなかった。
それは 『幸い』 などではなく 『偶然』 にすぎない。
あの列車に乗ってしまった乗客の方々の 『偶然』 と なんら変わりはない。
事故後今日まで 記事に一度も載せなかったのは
おそらく出てくるであろう JR西日本の体質についての報道を
しっかり確認したかったからだ。
そして やはり出てきたのは 営利のみを追求し
自分達が運ぶのは 『人ではなく、モノ』 という体質。
自社の従業員さえ 代わりはいくらでもいるという 考え方。
懲罰のみで社員を縛り付けた結果が 今回の事故に繋がっていたのではないか。
できれば私は 頭を下げて回っているトップ陣に
「あなたが一番最後に乗った 新幹線以外のローカル線はどの路線で、いつのことですか」
と 是非聞いてみたい。
果たして即座に答えられる役員がいるのだろうか。
ただ、こういった体質を持つ企業や団体は JRに限った事ではない。
組織が大きくなればなるほど 上に座る人間の驕りは ますます高くなる。
雪印しかり、警察しかり、そして最近では JALも同じ道を歩んでいた事がわかってきた。
いずれも一番下で働く職員は 頑張っていると思われる。
しかし 巨大な山のような組織となっている以上、
ふもとの小石のつぶやきや投げかけは 決して頂上には届かないのである。
犠牲になる人がでなければ 企業の体質は変わらないのか。
それとも どうあっても変わる事はないのか。
何年も、何十年も 私たちは見続け、見届けなければならない。
それが 遺された私たちが、慢心さの犠牲となってしまった方々にできる
唯一のレクイエムとなるだろう。