お久しぶり、ほんとお久しぶりの投稿です…
懐かしかった
走馬灯のようによりみちの頃の思い出が甦りました
ここへ戻ってきたのは
また新たに人生をここに赤裸々に綴ろうと思ったから
よりみちというお店を辞めた理由
妹の死。
今でも覚えてる
ちょうど12:30過ぎたごろ妹からの電話、お客さんにラーメン出してすぐだった。出ると3年生の娘から…
○○が溺れてる!助けて
朝から川へ行くと浮き輪を探しに来てた妹。危ないから海にしたらと助言した、海はベタベタするから嫌やねんと言ってた。
まさか子供4人もつれて行ってるとは思ってもなかった。
何故そんなことしてしまったん
あまりにもだすい!批判されても仕方ない。
溺れてるのはわたしの妹だけじゃなかった。娘の友達もだった。
なんかもうよくわからなくて
ただただ祈るしかなくて...
現場なんてどこかわからない
川づたいにずっと車を走らせた
行けばわかるはず
ここか?ここ?まだ?こんなに奥?
ヘリコプターとんでる
救急車あるからここだとわかった
子供さんはもうドクターヘリで大きな病院へいっていた。妹はしばらく見つからなかった、、、
ずっとずっと呼び続けた
返事はあるわけないけど
30分ほどして見つかった
顔怖くてみれなかった。冷たくなった足だけを見てた...
ああ妹の足だ。そのまま病院へ行く
3年生の娘は無事でした。その友達が溺れて、5年の子は助けようと頑張って同じ様に溺れたらしいがなんとか足のつくところへ戻れたらしい
後から聞くと溺れたとき途中で
生きたい!と強く思ったそうだ
泳ぎは得意ではないが背泳ぎみたいにして泳いだと言ってた(大分後から聞いた)
言っていいのかどうか
友達が溺れたのがその時2回もあったらしい、一回めの時はなんとか手を引っ張り助かった、でもまた深いとこへ知らずに流され2回目溺れる
その時も助けようとしたらしいが
同じ様に溺れたとのことだった
その時ちゃんと見てればこんなことなってなかったよね。そう叱られても仕方ない。
今思えばあの時、上の子はずっとずっとずっと泣いてた、でも溺れてたとはその時は知らなくて。怖くて泣いてると思ってた。余裕がなくて妹のことばかり探してた。泣いてるのに
あんなに泣いてたのに。私はなんて酷いことしたんだろう…
もう少し私の妹がしっかりしてればこんなことにならなかった
そう思っています。だけど死をもって
なにも考えず助けに飛び込んだ。
許してほしいとは言えないけど
相手の家族には。
妹の娘2人と今生活しています
そして私がお母さんとして育てています。はじめはおばちゃんと呼んでたけど今は2人ともお母さんと呼んでいます。
こんなに詳しく書いても意味ないのかな。いや。わからない。
実は過去にこうなることがわかってたかのような不思議な体験をしています
長くなってきたのでまた
続きは明日に...
生きてることは何か意味が必ずあって為さねば成らないことがあるのだと思っています
ではまた