ブログやツイートを書いていると、時折言われることがある。
「グミシパのことしか書かない」
というものです。

はい。
これ、一回二回ではないのよね。

今回も、グミシパによる行為を取り上げた記事を書けば、当然ながら記事の中にはグミシパについての記述が出てきます。当然だよね、やったのはグミシパだから。
取り上げた対象について書いているのですから、対象に関する記述が中心になるのは、至極当然のこと。

ただ、ここでいつも不思議に思うのが、記事の内容についての話をしていたはずが、なんだかいつの間にか書き手の属性についての話に変わってしまうことよ。

今回は、そのあたりについて書いてみようと思います。今回も長いよ。

1.何について書いた記事なのか、という話

特定の人物や集団による行為を取り上げることと、その人物や集団だけを批判していることは、同じではない。

たとえば、ある人物による投稿を取り上げる時、おれはできる限り魚拓を添付する。URLがぶっこぬけないときとかはスクリーンショットにする。とにかくそれとともに取り上げて、その内容や問題点について書くのがいつものおれのスタイル。

その記事やツイートが扱っているのは、
まず、その投稿に記録された言動である。

そこから直ちに、書き手はその界隈だけを批判したいのだ、という結論が導かれるわけではない。

記事に何が書かれているのか?

何を問題として取り上げているのか?

そこを確認する前に、書き手が何を嫌っている人間なのか、という話を始めちゃうと、本来検討されるべき記事の内容は、どこへ行ってしまうんだろう?

「グミシパのことしか書かない」と言われたとき、おれは毎回、グミシパ以外の問題も認識していることを証明しなければならないのか?

特定の問題を取り上げるたびに、自分が公平な人間であることまで証明しなければならないのか?

それは疑問には思うよね。
個別の行為を批判することに、書き手の思想信条や公平性の審査まで付随させる必要があるのか、という話になるからね。
まあなるべく「何が起きているのか」を、読んでいる人にそのまま公平にみてもらいたいからこそ、魚拓は添付することにしているから。証拠となる言動をそのまま切り取るというスタイルね。


2.ほかにも問題がある、というご指摘について

もちろん、ほかの界隈にも問題行動をする人はいる。
ほかのメンバーが被害に遭うこともあるでしょう。

特定の集団だけを見ていれば、すべての問題が解決するわけではない。その点について、異論はない。

ただし、それらの問題が存在することと、今回取り上げた行為に問題があるかどうかは、分けて考える必要がある。

ほかにも問題があるのなら、その問題についても取り上げればよいのです。

別の人物による問題行動が確認されたのであれば、その人物の行為についても検証すればよいのです。

しかし、ほかにも問題があるという指摘だけでは、今回の記事で取り上げた行為への反論にはなりません。

複数の問題は、同時に存在し得ます。

どちらか一方を取り上げたからといって、もう一方が存在しなくなるわけではない。

また、ある問題を取り上げるたびに、ほかのすべての問題についても同時に言及しなければならないのでしょうか?

そのような条件が必要だとはおれには思えんな、その事象が起きた時にとりあげればいいから。


3.記事の内容に異論があるのであれば

もちろん、記事に対する批判や反論を拒むつもりはない。

スクリーンショットの解釈が間違っているとか
翻訳が正確ではないとか
前後の文脈を確認すると、おれの事実認定には誤りがあるとか

あるいは、事実と推測を混同しているとか

そのようなご指摘であれば、具体的に示していただければと思います。

こちらの認識に誤りがあれば、検証する必要がありますし、訂正すべき点があれば訂正する必要もあります。

おれ自身の解釈が、常に正しいなどとは決して考えてはいない。

だからこそ、記事に対する異論があるのであれば、その内容についてお話しいただきたいのです。

どの記述が間違っているのか?
どの証拠の解釈に問題があるのか?
どの部分に異論があるのか。

そこを具体的に示していただければ、話はずっと明確になる。
何かが進展する糧にもなるからね。


4.書き手の属性についての評価と、記事への反論は別のものです

「グミシパのことしか書かない」

このご指摘は、記事に書かれた個々の事実や解釈についての反論なのでしょうか?

それとも、書き手がどのような人間なのかについての評価なのでしょうか。

両者は、分けて考える必要があります。

仮に、おれが特定の界隈について多くの記事を書いていたとしても、それだけで個々の記事の内容が誤りになるわけではない。

反対に、おれが普段どのような記事を書いている人間であろうと、今回の記事に誤りがあれば、その誤りは具体的に指摘できます。

書き手が誰であるかということと、書かれた内容が正しいかどうかということは、別々に検討できる問題です。

ですから、書き手についての評価をお持ちになること自体は自由ですが、それを記事の内容に対する反論と同じものとして扱われても困ります。

おわりに

おれが記事に書いた内容について、異論がおありでしたら、どうぞご指摘ください。

事実認定に誤りがあるのであれば、具体的に示していただければと思います。

解釈が違うのであれば、どこが違うのかをお聞かせいただければと思います。

そのようなやり取りであれば、記事の内容について検討することができます。

ただ、記事の内容についての具体的な指摘がないまま、書き手は特定の界隈のことしか書かない人間だ、という評価を繰り返されても、それによって記事の内容に対する反論が成立するわけではありません。

おれが何を問題として取り上げたのか?
その問題について、どのような事実を示したのか。
そして、その事実認定や解釈に誤りがあるのか。

まずは、そこからお話しいただければと思います。


そのまんま直で書くけど、おれが今回のこの記事で伝えたいのは、
おれが公平な人間かどうかを論じる前に、記事を読んでる人にはまず記事に書いた内容を検討してくれ、ということかもしれん。
だからこそ、あのスクショを記事に貼ったんだから。

おれの説明だけを信じてほしいわけではない。
おれがどういう人間なのかという評価だけで、記事の内容を判断してほしいわけでもない。

実際に何が書かれているのか?
何が問題なのか?
その内容に対するおれの解釈に、誤りがあるのか?

まずは、そこを見てほしい。

長々とやるつもりはない、と言っておられますし、まあ名指しされてもいませんけどね。


追記

そもそも、おれが最初に取り上げた記事は、テヒョンへの加害を待望するグミシパの投稿をスクショで提示し、「おい、おまえらグミシパはこれを見てどう思うよ」と問いかけたものです。

投稿した個人の言動を問題にすることと、その言動を目にした周囲の人たちがどう考えるのかを問うことは、同じではありません。

おれが問いたかったのは、まさに後者でもありました。

グミシパ以外の界隈にも問題があることは否定していませんし、ほかのメンバーへの加害を無視していいとも言っていません。

ただ、目の前にある問題について問いかけたとき、「お前はグミシパのことしか書かない」という話に置き換わるのであれば、そもそもおれが何を問題にしていたのか、もう一度記事を読んでいただければと思います。