皆様こんばんは。
神社巡りが大好きなアラフォー女です。

前回の続きになります

今の私は、感じ取る力がとても微力です。
そう、まだ修行中の身なのです。
経験も全然足りていません。


前回の記事で、心の声の話をしました。
正確に言うと「声」として聞こえるのではなく
意識の中にスッと入ってくる言葉です。
文章?と言った方がいいのか。
パッと自分の考えではないものが思い浮かぶのです。
私はそれを心の声と呼んでます看板持ち

私は昔から勘が鋭い人間でした。
空気を読む、感じ取るのも得意でした。
でも、勘が鋭い人なんてたくさんいるし
何も特別なことではないです。
勘が鋭いことで得したことも
人の役に立ったこともありません。

でも34歳の秋、ある出来事をきっかけに
(これも後日詳しく書きます指差し)
スピリチュアルの世界に近づくのですが
それから、ただの「勘」から
心の声へと変わっていきました。

勘の鋭さも今まで以上になり
例えば近所をフラ~ッと歩いていて
「あ、ここが〇〇さんの家なのか~」
と、ふと思います。
表札も見えない遠目からです。
何故そう思ったのかはわからないし
自分でも毎回
「ん?なんで?不安
と不思議に思うのですが。

そんな事が続いて
実際に表札を確認しに行くと合ってます。
たまたま同じ苗字なだけかニコニコ
と、思ったりもしましたが
後日お家にお呼ばれしたり
「あそこが家なんだ~!」
と会話の流れで教えてもらったりすると
合ってます。十中八九。

でも家を知られるなんて怖いじゃないですか。
私が逆の立場ならなんか嫌ですもん。
だから近所を歩いてる時は
周囲の家をあまり見ず
意識しないようにしています。

これも私がまだまだひよっこで
自分の体質を理解できていないからみたいです。
もっと力の強い能力者の方々は
その辺のコントロールもお手の物です。
というか、気にしないと思います。
情報をシャットダウンするのがお上手です。
私は意図的にシャットダウンがまだできません。


具体例で家を出しましたが
日常生活において似たようなことが多々あり
自分をコントロールする練習もしています。

修行や練習と言っても
滝に打たれるわけでも
山篭りするわけでもなく
「自分と向き合い自分を知る」
というのが今の私が意識してやっていることです。
 
瞑想もまだまだ下手っぴです知らんぷり(笑)