ブログを書くことが癒しになるまでには

どこまでも自分に素直で

正直である必要がある



それは文章の内容というよりも

心の持ちようで


例えば集客目的や

フォロワーの数字だけを求めるとすれば

書く時の喜びや感情よりも

結果として現れた時の

達成感や喜びがメインになる


わたし、なのつくは

書いている時の喜びや感情がないと

ブログを続けられないので

そこをメインにしているわけだが


利用目的が違うだけで

かなりブログの雰囲気はガラリと変わるよね



わたしは別に考えてはない

考えて書いているわけではない

考えて書ける人でもない


今、めちゃくちゃ

貧血で頭から血が引いてるし

寒いのだけど

それをもってしても書きたいのは何故で

そこに感情があるのかは分からない


書いていると

自分に核に触れるからかもしれない

普段、日常的に、当たり前に生きていると

コレはおかしい事で

コレはおかしくない事だ

と仕分けている事が


コレはおかしいけどわたしであるし

コレはおかしくないけどわたしじゃない

と、なんだか

怖い真実に触れそうになるのだ


そう、本当の自分であることは怖いことだし

それを晒すなんてもっての他だけど


もしかしたら自分以外は

可笑しなわたしな姿が

ハッキリ見えていて


まともを装っていたら

「あいつアレで出来てるつもりかよ(ププッ)」

って嘲笑っているのかもしれない


そう考えると

逆に自分でいることは

なんだか怖く無くなるのだ



昔から、謎に

自分の心の声はダダ漏れであると

信じていたので

思考を消すように奮闘していたが

思考って消えないものである


逆に五月蝿くなるので

開き直った方が鎮まるのだ


わたしはこんなことを考えてるし

そうさ、わたしはこんな人間だよ!

って開き直った方が

他人はそうそう奇異な目で見ないというか

驚きの方が優ったりする


何が言いたいのか

何が言いたいのか

何が言いたいのか

何かしら言いたいのか


変人の方が多い世の中なのに

視界の中に変人が少ない異常さに

わたしは納得できないのであ〜る


あ、そう言えば

オレンジの匂いを思い浮かべて?

って言われてオレンジの匂いが分かる?


薔薇の香りを思い浮かべて?

で、薔薇の香りが分かる?


わたしはオレンジの香りを嗅いだら

あぁ、これはオレンジの匂いだ!

って出てくる人だけど


思い浮かべて?で

匂いは思い出せないというか

漂ってこない人である


でもこれが出来る人がいるみたいで

オレンジの匂い〜って言ったら

オレンジの匂いを嗅覚で感じる人

いるっぽい


面白いよね〜

記憶は同じだとしても

記憶方法の特徴って異なるのだ


こんなに違いがあるなんて

って思ったの


寒い😵