今でも忘れられない、おじさんの優しいことばが甦って来る。
「坊っちゃん、汽車で帰りなさい。時間も時間だし、これから暗くなるから、おじさんはとても心配に思うんだよ」
「大丈夫、電車の運賃はおじさんが出してやるから!」
 おじさんは、寒さが深まるこれからを、自転車で帰る僕のことが想像できていたのである。
少年は迷った。
「でも、自転車が!」
「大丈夫、おじちゃんが必ず届けてあげるから」
「寒いから、そうしな!」
「おじちゃん、いいの?」と、不安そうに少年は訊ねた。
「大丈夫、約束するから」
おじさんは、自宅に自転車を届けてくれると約束すると、少年に満面の笑みで微笑みかけた。
「おじさん、ありがとう」
「お言葉に、感謝いたします!」
 少年は、文房具屋さんに深々とお辞儀をして駅に向かった。駅に、たどり着いた少年は、涙をハンカチで拭いながら、切符を買い込み汽車に乗り込むのであった。
 外は、白銀の世界、文房具屋さんの、温かい心に触れて、人の優しさに温かみを感じた。それが、少年にとって、とても嬉しく感じられたのである。
 それから汽車が、動きだす。雪煙が舞い、鉄道は白い銀河を進んでゆく。
 少年は、汽車に乗りながら、今日の出来事を振り返っている。辛かった文房具屋さんへの道のり。
 そして、一番は人の優しさに触れたこと。
 窓から見える景色は、外の樹氷が木々をおおっている。暗くなった夜景に、白く光る美しいその鮮やかな樹氷は、少年の目に焼きついた。
(寒かったな、大変だったけど、温かい思いやりに触れたことは最高の思い出である)
 正月明けの、思い出は少年の心に深く刻まれていた。自分の住む町にたどりついた頃は、家族が迎えに来てくれていた。
 文房具屋さんが、連絡してくれていたのである。
「おかあさん、ごめんね」と、少年は言葉を詰まらせる。
「何言うの、頑張ったでしょう。お帰りなさい!」と、母は優しく少年を迎えてくれた。
 少年の、その日の思いでは、これからも心に残るであろう。そんな、人情の感じる物語は、人々に温かみという贈り物を植え付けるであろう。

終わり。