物心ついた頃から中高生の頃まで、
母に何度も言われた言葉
「あんたなんかいらない」
「あんたみたいな子いらんわ」
「出てけ」
「あんたさえいなければ、みんな幸せなんだ」
こういう言葉たちが
どうしても
何年向き合っても
私の心をえぐり続ていた。
「そんな風に言われて嫌だった」
と、自分で自覚して口に出したり
何度も何度も紙に書きだして
状況や気持ちを整理しても
「悲しかったね」
と、自分に寄り添って抱きしめて
何度も何度も自分の話を聞いても
「悲しかった」
と、母に何度も気持ちを伝えても
初めは「被害者ぶるな」などと酷く否定していた母が
「あれは虐待だった、ごめんね」と謝ってくれて、
私が「もういいよ」と許しても
母との関係が上手くいくようになっても
母に「あなたがいてくれて、よかったよ」
と、言ってもらっても
もう何年も、誰にも
「あんたなんかいらない」と、
言われていなくても
「私は、ここにいていいんだ」
と、何度も自分に納得させても
「悲しかったね、大丈夫だよ」
と、何度も心の中の幼い私を抱きしめても
友人、カウンセラー、霊能者、気功の先生...
思いつく限りの色々な人に相談したり、
霊視とかエネルギーワークとかをやってもらっても
何をしてもその言葉は私の心から消えなくて、
誰かが嫌な顔をするたびに、
「あんたなんかいらない」と言う言葉が心に浮かんで、
私のせいで相手が嫌な顔をしているんじゃない
他に原因がある
と、分かっていても
いつもドキドキして胸が締め付けられて
どこにいても
自分がいるせいで人を不幸にしている気がして、
誰にも歓迎されていない気がして、
自分がいない方がみんな喜ぶ気がして、
怖くて悲しくて仕方が無かった。
35年くらいずっと
その言葉と向き合って来たのに、
どうしても消えなくて
「もうこれは冥途の土産にあの世に持っていくのかな」
と、あきらめていた。
その言葉が、昨日消えた...と思う。
今まで何度も「もう大丈夫だ」と思っても、
やっぱり傷が消えていなくて
何度も血が噴き出していたので、
これから何日も様子を見ないと
本当に消えたのかは分からないけど。
心の中で反芻した言葉の威力が無くなり
心の中でのその言葉の存在感が薄くなった。
何をしたかと言うと、
思い出せる限りの一番最初に
その言葉を母に言われた時を思い出して、
心の中でその時の自分に戻る。
そして、もう一度心の中で、
その時の母の口から
その言葉たちを言ってもらう。
私が昔と同じように傷つく感触を感じて、
今度はその時の母に入り込む。
母はどんな気持ちで言っているのか、
なぜ言ったのかを感じる。
そうしたら、
心の中で自分が母になったまま、
自分が言われて安心する言葉を母に言ってもらう。
母が当時どんな気持ちで言ったのかは、
今まで散々考えたし、
本人にも聞いたし、
この時はあまり浮かばなかったけど、
「なんでそんなに酷い事を言ったんだろう」
という気持ちが浮かんできた。
「なんでこんな小さい子に、こんなに酷い事を言ったんだろう」
そう思うと、
生まれた頃から中学生くらいまでの、
可愛い私の姿が沢山浮かんできた。
母にいつもお花を摘んで来てくれた私
母が悲しんでいるといつも慰めに来た私
庭で育てた一つの苺をみんなに切り分ける私
「お母さん!」と嬉しそうな私
母の目線で色々な私を見ながら、
「こんなに優しくて可愛い子なのに」
「この子は何も悪くなかったのに」
と、ぼろぼろと涙がこぼれた。
「こんなに可愛いのに、酷い事言ってごめん」
「ずっと意地悪してごめんね」
と、心で言ってから
もし、本当に小さい時に私がいなくなっていたら
行方不明とか死んだりとかで、
いなくなっていたら
と言う想像が頭をよぎった。
母の立場で、心で、それはとても耐えられなくて、
何度も当時の自分に謝った。
そして、
「あなたが生まれてくれてよかった」
と言う言葉が母の口から出てきた。
「これだ」
と、私は思った。
母の言葉を否定する言葉を、
今まで自分でも、母にも、友人にも、
沢山かけてもらった。
でも、結局私はずっと
「私は生まれてきてよかったのかな」
と、思い続けていたんだ。
ずっとそれが気になっていた。
だから、私が母に本当に言ってほしかった言葉は
「生まれてきてくれて、ありがとう」
だったんだ。
そう感じて、
何度も何度も
心の中で母になり、
当時の自分から今の自分も
「生まれてきてくれて、ありがとう」
と抱きしめながら伝えた。
その言葉が
すごく心に響いていく心地がした。
その言葉をずっと探していたんだと、納得した。
そのあと、
「あんたなんかいらいない」
と言う言葉を心の中で反芻しても、
当時の母が心に浮かんで
「...なんて言ってごめんね、生まれてきてくれてありがとう」
と言う続きの言葉が再生されるようになった。
その度に、その母が私を抱きしめる。
「生まれてきてくれてよかった」
と、しみじみ感じる。
今まで何度も思い出しては
私の心に血しぶきを上げていた
「あんたなんかいらない」
と言う言葉は、
今度は思い出すたびに
「生まれてきてくれてありがとう」
と私に伝えてくれる言葉になった。
今回やった一連の流れは、
「100%自分原因説」という本に書かれていたやり方だ。
この本は、
10年以上前に友人がとても勧めてくれていたが、
結局読まなかった。
けれど、先日Youtuberのナオキマンが
動画の中で「100%自分原因説」という言葉を口にしていたので、
何年も会っていないその友人に勧められた事を思い出した。
ちょうど時間は持て余しているし、
検索すると本が出てきたので購入して読んでみたのだ。
10年以上前に勧められたものが、
今頃手元にあって
その本に救われるなど
人生は面白いものだ。
その勧めてくれた友人は、
当時のアカウントもブログも消えてしまっていて
連絡はつかないが、
元気でいると良いなと思うし
感謝している。
きっと、10年以上前の私がこの本を読んでも
「生まれてきてくれて、ありがとう」
と言う言葉は浮かばなかったと思うから、
今になって思い出せてよかった。