「アンパンマンの歌詞って深いよね」

そんな話を友達としたのは、中高生の頃だったか。

 

その時は、

「何のために生まれて何をして生きるかなんて、決まってる!!」

と思っていた。

 

自己肯定感も自尊心も低くて

自信も無くて

誰にも愛されないと思っていて

いつも寂しくて怖くて

 

そんな毎日だったのに、

10代の頃の私は、

傷つきながら、それでもひたむきに

「私が愛してればそれでいいんだ!」と、

自分の家族や大切な人を愛して誠実に向き合って、

きっといつかそんな自分の愛を受け止めて、

自分の事を心から大切にしてくれる人が現れるんだと信じていた。

それが男でも女でも何歳でも、なんなら動物だっていい。

絶対、生きていて良かったって思えて、

「生きていてくれて良かった」って言ってくれる人が現れる。

だから、私はまっすぐ生きるんだ。

どんなに一人でも

どんなに嫌われても

裏切られても

信じてもらえなくても

私は私を信じるんだ。

 

そう思って、

何度打ちのめされても

どんなに怖くても

前を向いて誠実に一歩一歩進んできた。

 

 

でも、そんな事は全く意味が無かった。

私が存在しない事で誰かが困る事など一つもない。

私で無ければいけないものなど一つもない。

 

母との関係は良好になったし、

大切にしてもらっているとも感じるけれど、

幼い頃に言われ続けた言葉は脳裏に焼き付いていて、

どうしても、

私が存在しない方が幸せだったのではと考えてしまう。

 

私は何のために生まれたんだろう。

これから、何をして生きていくんだろう。

 

あの頃は「私ならできる」って思ってた。

真面目に誠実に前向きに頑張り続ければ、

きっと道が開けるって。

 

どうして、あんな状況でそんな事を信じられたのか

今になっては疑問に思うくらい、

今の私には答えが見えなくなってしまった。

 

あの頃「確かにある」と思って突き進んだ道は、

最初から道では無かったのかもしれない。

最初から道なんて無かったけど、

そう思い込まなきゃきっと生きていけなかった。

 

 

だって、

 

「あなたは誰からも愛されてないし、

 何のとりえも無いけど、

 誠実に一生懸命がんばっても

 特にやりがいも見つからないし、

 頑張って働いてもダメになるし、

 誠実に愛しても誰からも愛されないよ。」

 

なんて、あの頃の自分が知ったら、

そりゃ生きていけないよね。

 

 

そこまで大それた夢を見ていた訳じゃないと思う。

でも、一生懸命やれば報われるなんて

それ自体が夢物語なんだなって

やっとわかった。

 

嘘つきの元彼だけじゃない。

詐欺師に政治家に、その辺の普通の人たちですら

人を騙してお金や思いを奪い取る。

そういう人が得をして生きていく。

そんな話が世の中に溢れている。

 

 

別に、生まれた意味が無くても

何も出来なくても、

五体満足で生きられているならそれで幸福なのかもしれない。

 

日本は、そんな国になってしまったのかもなと思う。

いや、子どもだから見えなかっただけで、

最初からそんな国に私は住んでいたのかもしれない。

 

 

だからこそ、

「何のために生まれて

 何をして生きるのか」

って、やなせさんは子供たちに問いかけたのかもしれない。

 

 

私だって、

答えられないなんて、

そんなの嫌だ。

 

私は何のために生まれたんだろう。

何をして生きればいいんだろう。

 

道を見失って

今どこにいるのかも分からないけど、

それでも、私だって知りたい。

 

もう一度何かを信じて進めるようになりたいな。