泣くことと思い出すことと話すこと、そして、笑うこと







麻央さんやご家族の写真などを使って、想い出のアルバムを作って、それをみんなで眺めて想い出話をするというのはどうでしょうか?

と自分で書いていて思ったのですが、麻央さんが旅立たれたのはつい最近なので、想い出という言葉で語るには、まだ鮮明すぎるかもしれませんね。
ただ、海老蔵さんも麻央さんの闘病などのことで、色々と思うことがおありのようですし、気持ちを整理させるためにも、アルバムがいいのではないかなと思いました。

あとは、麗禾さんも6歳の女の子におなりになるということで、そろそろお化粧にも興味が出てくる頃だと思うので(本格的なお化粧はまだまだ先だと思いますが)、綺麗にお化粧をして差し上げて、綺麗な服を着させて差し上げたら、お喜びになるのではないでしょうか?
その辺りのセンスは麻央さんも麻耶さんもバッチリだと思います!



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個人的な話になりますが、私の母は私が3つのときに34歳で亡くなりました。
家庭の事情もあり、家庭で母の話が話題に上ることもほとんどなく、私は、母のことをほとんど知りません。
なので、今年31歳になる私自身が母の子どもの頃の写真とか母の話を聞きたいと思っているんです。
母が亡くなったのは3歳のころのことなので、その頃のことはよく覚えていなくて、麗禾さんや勧玄さんの気持ちを代弁することはできません。ただ今じゃないにしろ、きっといつか麗禾さんや勧玄さんは麻央さんのことを知りたいと思うと思います。そのときに麻央さんの話をしてあげていただきたいと思います。
言うかどうか迷ったのですが、私は、小学生ぐらいのころ、母親のことを思い出さないようにしていました。
母を恋しく思えば、母が私のことが心配で成仏できないのではないか、私が母を恋しいと思うことで家の空気が沈むのではないかと思ったからです。
…それが今、30を越えた今、母が恋しくて仕方がありません。

だから、麗禾さんや勧玄さんには、お母さんが恋しかったら思う存分恋しく思っていいんだよ、と申し上げたいです。
それで麻央さんが心配しても家の空気が沈んでも、何十年後に苦しむぐらいなら、亡くなったときに好きなだけ恋しく思えばいいと思います。
麻央さんが生前、「私は、家族に弱音を吐けるけれど、家族は私に弱音を吐けないから、私がいないところで家族がお互いに弱音を吐いていてくれればいい、私の母がガンになったとき、抱き締めあって泣いたことを思い出す」とblogでおっしゃっていたことを思い出します。
麻央さんはお優しい方なので、麻央さんのことでみんなが泣くのも辛いでしょうが、無理をして泣かないのはもっとお辛いと思います。

「泣きたいときには泣いて欲しい。
それで最後には笑って欲しい」と思います。

末筆になりましたが、みなさんのお誕生日に際して、お慶び申し上げます。






「無償の愛」という言葉が頭に浮かびました。

小林麻耶さんの神がかりなマッサージも海老蔵さんの美味しいスープもきっと愛があるゆえのことだと思います。それはとても尊いものだと思います。

愛されている小林麻央さん自身が素敵な方だからこそなのでしょう。
誰かを憎んでも恨んでも妬んでも何も変わらない。

それは違う、そんなことは言っていない、なんでそんなことを言うの? そう言ったところで、相手の人が考えを改めてくれることなんてほとんどない。

だから、誰かに言われて辛くなったことは、忘れてしまうしかない。

そうしなければ生きていけないと思う。

自分の中の容量が溢れてしまって動けなくなってしまう。

楽しいことを考えよう。